銀座のホステスには、秘密がある
「同伴を?しない?」
「うん」
「何言ってるのよ。仕事始めの日に同伴しない人がどこにいるのよ。新人じゃあるまいし。ハナちゃんだって同伴のお約束取り付けたって」
「どなたと?」
「柴田様よ。サラが同伴できないってお断りしたんでしょ?それでハナちゃんが自分で良ければって言いだしたって。サラがあたしに教えてくれたんじゃなかった?」

そうだった。

今日のママは紫地に大輪の花が描かれている高級そうなお着物。
そんな上品ないで立ちなのに、アタシと話してるとドンドン眉間にシワが寄っている。

「同伴予定の方がダメになって。もう他の方もお約束が取れなくて……」
「何年この仕事やってんのよ。それであたしが、はいそうですか。って許すと思う?」
「でも……」
「サラはNO.1なのよ。もしどなたもいなかったら柴田様に同伴していただきなさい」
「そんな。せっかくハナちゃんが頑張ってるのに」
「だったら何とかなさい。サラ。本気で探してないでしょ」
「……」

ママにはお見通しだった。

殿と約束してた仕事始めの同伴。
どうしても他の方とする気にはなれなかった。
そこまでしたら、本当にお金のために殿と別れたみたいで……

「別に好きな人がいるのは悪いって言わないけど、自分を見失うようなことをしちゃダメよ。あんなにはしゃいでたくせに、お約束を断られたくらいでそんな辛気臭い顔しないでちょうだい。あなたはうちのNO.1なのよ」
「……はい」

ママはバーキンのバッグを腕にかけると、軽くアタシを触ってメイクルームから出て行った。
その様子を見てた樹里が、ママが出たのを見計らって近づいてくる。

「サラ。大丈夫?」
「うん。ごめん。辛気臭い顔してて」
「そうよ。ライバルがそんな顔じゃ戦う気が失せちゃう」

樹里は最近何かと笑わせようとしてくれてる。

「サラ。一緒にお着物着よう」
「樹里……」
「龍太郎ママにもらったんでしょ?ケンジさんとヘアメイクの打ち合わせもしたんでしょ?ローラママに手直しもしてもらったんでしょ?だったらお着物着ようよ。サラは上杉様だけのために着たかった訳じゃないでしょ?」

アタシがもう着物を着る気がないことを樹里は感じ取ったのかもしれない。

「そうね……」
「サラ。あかねママだってサラに期待してるんだよ。経営のことも教えてたでしょ?」

驚いて樹里を見ると、「そんなの気付いてたよ」と樹里は笑った。

「みんなサラに期待してるんだよ」

樹里の言葉が嬉しかった。
じんわりと心の隅々にまで広がって、泣きそうになる。

「樹里……」
「なに?」
「アタシがお着物で登場したら、樹里はアタシの引き立て役よ。悪いわね」
「はぁ?バカ言ってんじゃないわよ。あたしの方は凄いんだからね。サラがあたしの引き立て役よ」
「樹里よ」
「サラよ」

フッ。

目が合うとお互いの顔がおかしかった。


「ありがとう。樹里」

翌日、アタシは苦手な営業の電話をかけた。
< 155 / 222 >

この作品をシェア

pagetop