銀座のホステスには、秘密がある
年が明けて、ついに仕事始めの日。
ケンジさんのお店は予約がギッシリらしくて、どっちがいいかと聞かれたから、ケンジさんの余裕がある早目の時間帯に予約を入れてもらった。

今日のケンジさんは普段よりも無口で最初から集中してるって感じ。
アタシとの打ち合わせの紙を鏡に貼って、ピンを咥えて、素早く腕を動かしている。

その姿は神聖で、声を掛けちゃいけない気がして、ひたすらジッと見守っていた。

「うん。綺麗だ、サラ」

しばらくして鏡の中のケンジさんがアタシに声をかける。

さすがケンジさん。
顔を左右に振って、サイドからの仕上がりを見てみる。
片方はタイトに、片方は華やかにアシンメトリーに造られたヘアスタイル。
想像以上の出来栄え。

「着替えておいで。うちのスタッフが着付けを手伝うから」

美容室の女の子と着付けの部屋に入って、もうそこに用意されてた濃紺のお着物に手を通す。
しゅるりと音がして、帯が締められていく。

少しずつ少しずつ出来上がっていって、
「サラさん。素敵です」
賛美の声に微笑みを返し、

今日が始まる。

「サラ。素敵だよ」
「ありがとうケンジさん」
「仕上げをするから、そのまま動かないで」

和装はいつもより動きをゆっくりにして、より色気がある気がする。

「サラ。櫛(くし)は?」
「櫛は……ないの」
「あれ?櫛メインじゃなかったっけ?」

殿から貰う予定だった櫛。

「ごめんなさい。間に合わなかったの」
「えっ。今からデザイン変えるの無理だよ」
「大丈夫だよ。このままで」
「このままって。ここに何も乗せないまま?それはないだろ。何か代わりの物……」
「ごめんなさい。ケンジさんはイヤかもしれないけど、これでいいの」

クリエイターとしては完璧を求めたいんだろうけど、アタシはこの櫛が入る予定だったところはそのままにしておきたかった。

「サラがいいんなら……」
納得してない声で、ケンジさんが返事する。

「うん。ごめんね」

頭の上のぽっかりと空いた空間は、アタシの胸の中みたい。

埋めたくない寂しさと埋まらない寂しさ。

それは殿に本当のことが言えなかった罰なのだから、アタシはこの寂しさから逃げることはできない。

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