銀座のホステスには、秘密がある
「サラ。メイク直しておいで」

樹里が他の娘たちからアタシを隠してくれて、一番奥の椅子へと向かう。

手にはしっかり殿から贈られた櫛を持って鏡の前に座ると、アイメイクがひどいことになっていた。

「樹里。やれる?」
「しょうがないわね。一回落とすよ」
「ダメよ。そんなことしてたら遅くなっちゃう」
「だけど。これじゃ直しようがないって……」
「そこを何とか……」

「無理だ」って再度樹里に怒られたところで、
「いつまでお客様を待たせてるの!」
一番見つかりたくなかったローラママが入ってきた。

今日のローラママもお着物。
ずっしりした立ち姿が威厳がありすぎて怖い。

「サラ!その顔どうしたの?」
「あ…ちょっと……」
「そんなんじゃお店出られないでしょ。なにやってるのよ」

うん。これは怒られてもしょうがない。
この顔じゃフロアに出るどころか、表さえも歩けないってアタシも思う。

「サラ、メイク道具貸しなさい」

ローラママのきつい口調に、今まさに樹里が開けようとしてたメイクボックスを指さした。

「樹里はお店に戻って」

ローラママに言われた樹里が椅子から立ち上がって、
「先に行くね。それ貸して」
アタシが握りしめてた櫛をそっと取る。

アタシの背後に回ると、その櫛を髪に挿してくれた。

「頑張んのよ」
樹里が先に出て行った。

赤い小さな櫛が髪に挿されただけで、ヘアスタイルの印象が変わる。
そして、アタシの気持ちも……

「ローラママ。ありがとう」
「一度全部落とすわよ」
「そんなことしたら時間が……」
「だけどこんなに崩れたらそれしか方法がないでしょ。黙って見てなさい」

目を閉じるとローラママの柔らかい手がアタシのまぶたに触れる。
優しい指使いが心地良かった。

「ごめんなさい」
「ほんと、しょうがないわね。でも、いろいろあった方が女は綺麗になれんのよ」

ローラママは手際が良くて、アタシがやるよりも何倍も早いスピードで直していく。

うっすら目を開けて鏡を見ると、
「可愛い」
ほんのちょっとの違いなんだろうけど、いつものアタシのメイクより数段上品に仕上がっている。

「ローラママ。どうやったの?」
「サラは、アイラインを引き過ぎるのよ。こうやって少し最後を下げるとたれ目っぽく見えるでしょ」
「今度教えて」
「分かったから早く行きなさい。久原様がお待ちよ」

分かったと答えて、椅子から立ち上がり、お着物の裾を直した。
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