銀座のホステスには、秘密がある
「上杉様……」
あかねママが駆け寄ってくる。

「ご無沙汰してます」
殿が頭を下げると、
「さ。早く中へ」
あかねママがお店に戻ろうとする。

「いや。俺はここで……」
「何を言うんですか。上杉様はうちのお客様ですよ。堂々となさっててください」
「でも、今日は持ち合わせもなくて……」
殿が小さく答えると、
「じゃ、私の売掛にしてください」
彩乃が言いだした。

売掛とは、現金じゃなくて掛けで飲むこと。
掛けの回収は女の子が自分でやったりもする。
もちろん回収できなかったら自分で出さなきゃいけない。

「アタシにつけて」
アタシの大きな声がエレベーターホールに響いた。

殿の売掛は他の誰にも譲れない。
そんな大事なこと、彩乃にだって譲ってあげない。

そんな気持ちだったのに、その場の全員が笑った。

「目立たないところにお席をご用意してありますから」
ゴンちゃんが殿に耳打ちした。

その時、エレベーターが開いて、二人男の人が出てきた。
その手にはスチールカメラ。

「いた。あそこだ」
中の一人が殿を指さした。

「どういうことですか?ここは関係者以外立入禁止ですよ」
ゴンちゃんがアタシたちの前に立ち塞がった。

「失礼な。俺たちだって客だぞ。上杉さんと一緒に入れてくださいよ」
ニヤニヤと笑う男が気持ち悪かった。

文句を言おうかと前に出たアタシを遮ったのはあかねママ。
「うちは品のないお客はお断りしております。それにご紹介のない一見(いちげん)さんも入れません。さぁ。このビルからも出て行ってください。じゃないと警察呼びますよ」

「はん。どうせハッタリだろ?上杉さんの話を聞かせてもらえれば、すぐにここから出て行きますけど?」
アハハ…と下品な笑いが耳につく。

「刑事部長様。警視庁のお役職の方々。それに政治家の方々もうちのお店には来ていただいております。あなた達が入れるようなお店とは違います。さっさとこのビルから出てお行きなさい!」
あかねママの迫力に二人の男は負けて、エレベーターに渋々乗っていった。

「すみませんご迷惑をおかけして」
殿が言うと、
「こんなの迷惑の内に入らないわよ」
あかねママが笑った。
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