銀座のホステスには、秘密がある
「あら。いらっしゃい。あかねさんも今日はお着物なのね」

遅れて挨拶に来たのはこのお店のママ、龍太郎ママ。

龍太郎ママは常に着物。
今日は紫色の着物で、貫禄たっぷり。

「龍太郎ママ。こちら塚本様」
「はじめまして~。あら、テレビで拝見したことあるわ」
「えぇ。コメンテーターという奴で呼ばれたことはあります」
「素敵なお声。ずっと聞いていたいわ~」

クラブ龍太郎は、うちよりも更に照明が落とされていて、ジャズの音楽が大人のムードを盛り上げている。
そんなに広くない店内だから、お隣の席とも近い。

「あら?彩乃さん?」
「サラさん」

お隣の席には、クラブ グリッターの彩乃さんがいた。
あちらもアフターのよう。

「おや。塚本さん」
「いや。これは上杉プロデューサー。ご無沙汰しております」
「いやいや。こちらこそ」

お客様同士も顔見知りのよう。
いつのまにか、二組のお客様方がぐちゃぐちゃになって、今は一組の団体って感じになった。

「上杉さん。こちらがモンテカルロのサラさんだよ」
「はじめまして。サラでございます」
塚本さんに紹介されて、ご挨拶をする。

「サラ。上杉さんはね。面白い方なんだよ。歴史がお好きでね。その話になると長いんだ」
「あはは。気をつけてるんですがね。好きすぎて。熱くなっちゃうんですよ」

つぶらな瞳に、意志の強そうな眉毛。
笑っていても常に次の言葉を考えていそうな仕事のできそうな方だと思った。

「上杉さんのあだ名がまたすごくてね。毘沙門天って呼ばれてますよね?」

え?

「いやいや。それはただ上杉ってだけで。上杉謙信公からの言葉遊びですよ」

「毘沙門天先生……」

アタシの口からポツリと出たその言葉に、上杉様はパッと反応して振り返った。
つぶらな瞳がちょっと大きくなってる。

「どうして。その名前を?」
「なんとなく頭に浮かんだっていうか……」
「君。ラジオ聞いてたの?」
「ラジオ?」

途端に思いだした。
夏の夜の蒸し暑い記憶と、
いつまでも後悔したあの日の告白。

沙羅双樹の花の色。

「平家物語の!」
「あー。そうそう。平家物語もやったなぁ」

できることならあの日に戻りたい。
あんな告白しなきゃよかった。
そしたら今でもあいつとは親友だった。

「毘沙門天先生」
「珍しいね。あのラジオを女の子が聞いてたなんて……」
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