銀座のホステスには、秘密がある
「俺な。本当は誰かと歴史を熱く語ってみたいんだけど、その話すると飽きて話を変えられるパターンが多いんだよ。はいはいみたいな、軽くあしらわれちゃうんだよな」

龍太郎ママが離れると、一瞬だけ二人になった。
殿は猫背で出されたミックスナッツのカシューナッツだけを選んで食べてる。

「アタシは殿の話聞いてるの好きですよ」
「ええよ。無理せんで」
「本当ですよ。だんだん歴史に興味が湧いてきました」
「ほんまかぁ?そうやったな。サラは俺の生徒やったな」
「そうですよ。毘沙門天先生」

顔を上げてアタシの方を見て笑う殿が可愛らしかった。

「サラ。本名はなんて言うんだ?」
「本名?細川……です」
「細川?熊本の出か?」
「いえ。出身は埼玉です」
「そうかぁ。細川か……」

ドキドキと胸がうるさい。
下の名前を聞かれたらどうしよう。
アキラ
女の子でもあり得ない名前じゃないけど、できるなら疑いすら持たれたくない。
嘘をつく?
本名の偽名?
あぁ、よくわからなくなってきた。

「なら、おまえはガラシャだな」
「は?」
「細川ガラシャ。ガラシャもまた美しかったらしいぞ」
「へ、へぇ」
「明智光秀の娘でな。本能寺の変の後……」

歴史?
殿は一人で話している。
気付かれないように肩の力を抜いた。
それ以上聞かれなくて良かった。
最初から名字しか興味なかったんじゃないかってくらい、細川ガラシャさんについて語りだしてる殿。
ミックスナッツも忘れてる。

「でな、ガラシャの侍女が……」

カシューナッツを選り分けて手のひらに乗せて差し出すと、
話に夢中になってた殿が口を開けた。
一つ摘んでその口に入れる。
唇に親指が微かに触れた。

「そこからがガラシャの……」

殿は話しに夢中でそんなことどうでもいいみたい。

さっきとは違うドキドキがアタシの中に生まれた。

そんな訳ない。
これは何かのまちがいよ。
笑顔がぎこちなくなってないだろうか。

殿の唇に触れた親指を、反対の手でしっかり握った。
< 38 / 222 >

この作品をシェア

pagetop