銀座のホステスには、秘密がある
「お待たせいたしました~。お誘いありがとうございます。村岡様、ステキなコート~」

嬉しい。って顔をして彩乃さんの後を追った。
殿と村岡さんも優しい表情で待っててくれてる。

「じゃ、行こうか」
村岡様が前を行く。
その横を歩こうとしたら、
「あの。私が……」
彩乃さんが前に出た。

え?

「村岡さんはずっと彩乃なんだよ」
隣りから聞こえた殿の声。

「そうなんですか」
「あぁ。前の店からずっと彩乃がお気に入り」

そっか。殿のお気に入りじゃないんだ。
「良かった」って言おうと隣りを歩く殿を見ると、殿の横顔が寂しそうに見える。

さっきまであんなに楽しそうだったのに……

「取られちゃったんですね?彩乃さんを」
「あ?俺は違うよ。俺はサラがいい」
コートのポケットに手を突っ込んだまま、ニヤリと殿が笑顔を見せる。

ドキ。
やばい。
落ち着けアタシの心臓。

「嬉しい。殿」

ここは銀座。
男と女のやり取りは、ここだけでしか通じないお芝居。

「ほら」
殿が左腕に少し隙間を作った。
「ぅふふ。ありがとう」
そこに右手を差し込み、殿の左腕をちょっと握った。

じんわりと温かいものが胸いっぱいに広がっていく。

ダメよ。
これは偽り。
この甘い感情に溺れちゃダメなの。

「サラは、甘い物好きか?」
「はい。大好き。でも事情があってセーブしてるの」
「何の事情?アレルギー」
「ぅふふ。腰回り事情です。すぐに太っちゃうから全部は頂かないことにしてるの」
「あかんよ。やけん、おまえはそんなに細いんか。食え」
「えー。でも。太っちゃう」
「あかんて。美味しいタルトの店があるんやけど、今度持ってきてやるから。俺が持ってきたやつ残したら許さんからな」
「はーい」
「おまっ。その言い方全然気持ちこもってないやろ。いざとなったら残せばいいって言い方やな」
「ぅふふ」
「全部食べさせるからな。食べ終わるまで離さんぞ」

偽りでもいい。
この一瞬が終わらないでほしい。
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