銀座のホステスには、秘密がある
「彩乃が店を移ってくれて正直ホッとしたよ。そろそろあの店の雰囲気について行け無くなってきてたんだ」

アタシの前の席で村岡さんは頭がくっつきそうな距離で彩乃さんにそう囁きかけた。
だけど、彩乃さんの視線は未だに入口の方へと去っていった殿を向いてる。
その瞳が寂しそうに見えるのは、アタシの思い過ごしだろうか……

「今日はやたらといろんな奴に会うな。村岡さん、あっちに林選手が来てましたよ」

何事もなかったように殿が戻ってきた。
あの女はどこに行ったかもう見えない。
二人の関係は?って喉元まで出かかった言葉を飲みこんで、

「殿は顔が広いんですね」
笑顔でそう口にした。

ここは銀座。
嫉妬なんて似合わない。
殿が誰を好きかなんて、関係ない。

「殿。次は何を飲みますか?」
「そうよのう。月見酒といこうかのう」
時代劇調の言い方にみんなで笑った。

外の月は見えないけど、琥珀色のシャンパンの中に照明が映り込んでて月みたいに見える。
アタシの月はシャンパングラスの中にある。

本名も本心も全て偽って、キラキラと輝く月はシャンパングラスからは出られない。
そこがアタシたちの住む場所なんだから。
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