Fly*Flying*MoonLight
AM8:30 秘書室
「……失礼します」
秘書室に入った時、美月さんはすでに仕事中だった。
「ごめんなさい、このメールの返信だけしてしまうわね」
「はい」
仕事で忙しい社長の、スーパー有能な第一秘書、美月 伶子《みつき れいこ》。働く女性社員の憧れ、男性社員の高嶺の花。
たたたっとキーボードを叩く音。あっという間に終わったみたい。
「ごめんなさいね、呼び出しておいて」
「いえ、大丈夫ですから」
座って、とテーブルの前の椅子を勧められた。私はちょこんと浅めに座った。
美月さんが真正面に座る。
「……あなたに聞きたい事が、あるの」
「はい、なんでしょう」
……美月さんはしばらく黙っていたけれど、意を決したように、私を真っ直ぐに見た。
「……あなたと社長って、どういう関係、なのかしら?」
どういう……と言われても……従属関係、というのも変だし……。
「えーっと……
……隣人関係?」
美月さんが目を丸くして……いきなり右手で口元を抑えた。肩が震えてる。
「り……ん、人……」
「はい。それが一番適切かな、と……」
……よね? 私は頷いた。
「まだ知らない事たくさんありますけど……」
「……」
「とりあえず、基本的な事は知ってるから、ご近所付き合いレベルっていう意味で」
……美月さん、身体を曲げたまま、ふるふる震えてる。
「……ご、ごめんなさいね。ちょっと気になったものだから」
「はい……」
私は時計を見た。八時四十五分。
「あ、そろそろ戻りますね」
「そうね、ありがとう」
私は立ち上がり、お辞儀をして秘書室から出て行った。
***
「……笑い過ぎだろ、伶子」
楓が出て行った後、耐えきれなくなったように大声で笑い出した伶子。俺が社長室から出てきた今も、身体をふるふると震わせていた。
「だ、だ、だって……!」
「プレイボーイの名を欲しいままにしてきた、和也がっ……」
「……」
「り、隣人関係で、我慢してるって言うのがっ……」
あーおかしい、と涙を拭く伶子。俺は、伶子を睨みつけた。
「……で? あの子の事、本気なんでしょ?」
「……」
伶子は、大学在学中にこの会社を立ち上げた時の仲間の一人。数少ない、信頼できる友でもある。
「……多分」
ぽつり、と俺は言った。
月夜になびく、長い髪。薔薇の香り。柔らかな、白い手。この感情がなんなのか……まだよく判らない。
「……今は、何があっても、手放せない」
ふうん? と伶子がにやりと笑った。
「ま、せいぜい頑張りなさいな。嫌われないようにね?」
伶子がウィンクする。
「……」
(でも、今は……)
……あいつは、俺のもの、だ。
「さ、社長? お仕事溜まってますわよ?」
伶子……美月が秘書の顔に戻る。
「……ああ。十時からのアポイント、もう一度確認してくれ」
「わかりました」
俺も、社長室に戻った。
秘書室に入った時、美月さんはすでに仕事中だった。
「ごめんなさい、このメールの返信だけしてしまうわね」
「はい」
仕事で忙しい社長の、スーパー有能な第一秘書、美月 伶子《みつき れいこ》。働く女性社員の憧れ、男性社員の高嶺の花。
たたたっとキーボードを叩く音。あっという間に終わったみたい。
「ごめんなさいね、呼び出しておいて」
「いえ、大丈夫ですから」
座って、とテーブルの前の椅子を勧められた。私はちょこんと浅めに座った。
美月さんが真正面に座る。
「……あなたに聞きたい事が、あるの」
「はい、なんでしょう」
……美月さんはしばらく黙っていたけれど、意を決したように、私を真っ直ぐに見た。
「……あなたと社長って、どういう関係、なのかしら?」
どういう……と言われても……従属関係、というのも変だし……。
「えーっと……
……隣人関係?」
美月さんが目を丸くして……いきなり右手で口元を抑えた。肩が震えてる。
「り……ん、人……」
「はい。それが一番適切かな、と……」
……よね? 私は頷いた。
「まだ知らない事たくさんありますけど……」
「……」
「とりあえず、基本的な事は知ってるから、ご近所付き合いレベルっていう意味で」
……美月さん、身体を曲げたまま、ふるふる震えてる。
「……ご、ごめんなさいね。ちょっと気になったものだから」
「はい……」
私は時計を見た。八時四十五分。
「あ、そろそろ戻りますね」
「そうね、ありがとう」
私は立ち上がり、お辞儀をして秘書室から出て行った。
***
「……笑い過ぎだろ、伶子」
楓が出て行った後、耐えきれなくなったように大声で笑い出した伶子。俺が社長室から出てきた今も、身体をふるふると震わせていた。
「だ、だ、だって……!」
「プレイボーイの名を欲しいままにしてきた、和也がっ……」
「……」
「り、隣人関係で、我慢してるって言うのがっ……」
あーおかしい、と涙を拭く伶子。俺は、伶子を睨みつけた。
「……で? あの子の事、本気なんでしょ?」
「……」
伶子は、大学在学中にこの会社を立ち上げた時の仲間の一人。数少ない、信頼できる友でもある。
「……多分」
ぽつり、と俺は言った。
月夜になびく、長い髪。薔薇の香り。柔らかな、白い手。この感情がなんなのか……まだよく判らない。
「……今は、何があっても、手放せない」
ふうん? と伶子がにやりと笑った。
「ま、せいぜい頑張りなさいな。嫌われないようにね?」
伶子がウィンクする。
「……」
(でも、今は……)
……あいつは、俺のもの、だ。
「さ、社長? お仕事溜まってますわよ?」
伶子……美月が秘書の顔に戻る。
「……ああ。十時からのアポイント、もう一度確認してくれ」
「わかりました」
俺も、社長室に戻った。