Fly*Flying*MoonLight

PM8:00 食堂

「この味……昔食べた通り……!」
 九条さんは、食堂のテーブルに座って、おばあちゃんの『魔法のスープ』を一口食べて、こう叫んだ。
 よかった、喜んでもらえて……。すぐに食べたい、とおっしゃったから、朝ごはんの残りでよければ……とお出ししたけど。
「本当に、心の底まで沁み渡るような……」
 九条さんが目頭を押さえた。
「マリーさんにお会い出来なかったのは残念じゃが……こうしてこのスープを再び飲めて、本当に良かった……」
「祖母もきっと喜んでいる、と思います」
 九条さんが、笑いながら私を見た。
「楓さんは、マリーさんに良く似ておられるな」
「本当ですか!?」
「ええ。雰囲気や優しい笑顔がそっくりですよ」
 すごく嬉しい。私は思わず満面の笑みになった。
「ありがとうございます。そう言って頂けて、とても嬉しいです」
「マリーさんも、妖精のように美しい方じゃったが……」
 九条さんも優しく微笑んだ。
「楓さんもとてもお美しい。きっと高橋社長も見とれていたでしょうな」
「え……」
 言葉に詰まる。
「和……社長は……」

 ――その時、玄関の扉が乱暴に開く音がした。つかつかという足早に近づいて来る、音。
食堂の両開きの扉も、音を立てて開かれた。
「……楓っ!」

 振り向くと、全身から怒りが滲み出ているような和也さんの姿、が。
「か、和也さん……おかえりなさい」
 怒ってる!? すごい目で九条さんを睨んでるけど!?
 ……九条さんの方を見ると、今にも吹きだしそうな顔、をしていた。

 和也さんが九条さんの席の横まで歩いてきた。九条さんは、和也さんの視線もどこ吹く風、といった感じで、悠々とスープを口にした。
「……一体、どういうつもりです?」
「どういうも何も……わしはただ、楓さんに『魔法のスープ』をご馳走していただいた、だけじゃよ」
 うわ……和也さんの雰囲気、悪魔みたいになってる……。
「パーティーの主賓が途中で抜け出して、どうするんです」
 主賓!?
「わしの挨拶はもう済んだぞ。ちょうど息抜きしていたところに……」
 九条さんが笑みを含んだ目で、私を見た。
「この美しいお嬢さんと出会ってな。お話ししてみたら、何と、わしの初恋の女性のお孫さんじゃないか」
「……」
「楓さんはわしの我がままをきいてくれただけじゃぞ。彼女を責めないでやってくれ」
「楓を責める気はありません。あなたみたいに手の早い人が参加してる、とわかってて、彼女を放っておいた俺が悪い」
 て、手が早い……って。
「いや~わしが、あと三十歳若かったら、是非結婚して下さい、とプロポーズするところじゃが」
 九条さんが私にウィンクした。
「あ……の?」
「ずうずうしいこと言ってないで、とっとと食べて下さい」
 ぴしゃり、と和也さんが言った。
「……ったく、相変わらずケチくさい男よのう……」
 ぶつくさ文句を言いながら、九条さんがスープを食べる。
「楓」
「は、はい……」
 不機嫌MAXの声……。
「お前も着替えて来い。パーティーにはもう行かなくていい」
 有無を言わせない口調。これは……逆らわない方がいいよね……。
「わ、わかりました……」
 九条さんにぺこり、とお辞儀をして、私は着替えるために2階へと上がった。

***

 楓が席を外した後、俺は尋ねた。
「楓に余計な事、言ってないでしょうね!?」
 ふっふっふ、と不気味な笑い声が響いた。
「……楓さん、さっきお前が来た時、『おかえりなさい』と言っておったな?」
「……」
 相変わらず頭の回転がやたらと早いな、このじーさんは。
「最近、お前があのマンションに戻ってない、と報告を受けていたが……こんな所に隠れておったとは」
「別に隠れていません」
 じーさんがけらけらと高笑いした。
「その様子じゃと、全然うまくいってない、ようじゃな」
「……」
「楓さんは、気立てのよい、いい娘さんじゃな。わしは気にいったぞ」
「別にあなたに気に入られなくても、いいんです」
 じーさんの瞳が光った。
「お前がさっさと何とかしないなら、わしが楓さんに後妻に入ってくれと頼むかも知れんぞ?」
「ずうずうしいにも程があるでしょう!? いくつ年が離れてると思ってるんですか、あなたはっ!!」
 じーさんが澄ました顔で言った。
「愛があれば歳の差など、関係ないものじゃて。そうなれば、楓さんはお前の『おばあさま』になるがな」
 誰がだ!!
 こぶしを握りしめる。思わずぶん殴りそうだ。そんな俺の様子を横目に見ながら、じいさんは悠々とスープを飲んでいた。
「いずれにせよ……」
 もうすぐ飲み終わり、というところで、じーさんが言った。
「いずれ決着はつけねばならん。お前も覚悟はしておくようにな」
「……俺が、そんなものを望んでなくても?」
 最後の一口を食べた後、じーさんが「ご馳走様でした」と手を合わせた。
 美味かった、と満足げな感想を言った後、じーさんが言った。
「望むも望まないも関係ない。お前にはその能力がある、その事実が大切じゃからな」
「……」
「楓さんには、何も言ってない、そうじゃな?」
「……楓と俺は、そんな関係じゃありません」
 ……今は、まだ。
「いずれそうなりたい、と思ってるくせに、もどかしい奴じゃのう。わしの孫とも思えんわ」
「いい加減に……」
 そう、言いかけた時、楓が食堂に戻ってきた。

***

「すみません、遅くなって……」
 あ、九条さん、食べ終わってる。
「ご馳走様でした、楓さん。本当に美味しかった」
 思わず笑みがこぼれる。
「ありがとうございます。またいつでも、食べに来て下さいね」
 九条さんも、嬉しそうに笑った。薄手のセーターにスカート、という私の姿を見て、九条さんの目が輝いた。
「先程もお美しかったが、普段着姿も可愛らしいですな、楓さんは」
「は、はい……ありがとうございま……?」

 え……なんだか、どす黒い気配……が……。
 恐る恐る和也さんを見ると……すごく怒ってる!? 目が……コワイ……。

 九条さんが、よっこらせ、と席を立った。
「ぜひ、このスープのお礼をさせて下さい」
「いえ、お礼なんて……」
「それでは、わしの気が済みません。何でも結構ですぞ。わしに出来る事があったら、ぜひおっしゃって下され」
「あの……」
 特にないです、とも言いにくい雰囲気……。
 ……あ。一つだけあった。
「じゃあ……」
「……また祖母の話を聞かせて下さい。おばあちゃんは、その時代の事、あまり教えてくれなかったんです」
 九条さんが笑う。
「承知しました。では、今日はこれで失礼させてもらいます」
 和也さんが九条さんに手を貸した……というか、腕を掴んで拘束してません!? 和也さん……。
「俺が送って来る。お前はもういいから」
「はい……」
 とりあえず玄関まで出て、和也さんと九条さんを乗せたリムジンが出て行くのを、手を振って見送った。
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