Fly*Flying*MoonLight
新月

PM??:?? 海

 ……派手な水しぶきが立った。
(……冷たっ!!)
 頭から、水に突っ込んでいた。水面に顔を出し、思わず、咳き込む。

(……しょっぱい!?) 
ってことは、ここ海!?

 身体を、二メートルほど水の上に浮かせる。

「ここ……どこ……!?」

 星明りが綺麗に見える空。
 嵐のような、風。高波。前の方に陸の明かりが見える。

「月がない……ってことは、新月……?」

 魔力が暴走して、どこか変な所に飛ばされちゃったの!?

『たす……けて……』

 はっと声のする方を見た。……船の底が、白い波の間に見えた。

(……誰か、しがみついてる!?)
 ずるり、と小さな手が海の中に消えようとした。

 咄嗟に近くまで、飛んだ。……沈みかけた手を掴む。上に引き上げて身体をささえる。

 ごほっごほっ……。苦しそうに咳き込んでる。
「……大丈夫!?」
 ……そう聞いた私を、びっくりしたように見上げる男の子。
(小学低学年ぐらい……?)
 男の子をぎゅっと抱きしめたまま、岸に向かって空を飛んだ。

 人気のない浜辺に降りた時には、息がぜいぜい言っていた。
 ……まだ、魔力が不安定のまま……。慎重に使わないと……。
「……」
 男の子が口を開く。何か、を言おうとした……けれど。
(言葉が……出ない……?)
 しゃがんで、男の子と目の高さを合わせる。
「あ、の……私の言ってる事は、分かる?」
 ゆっくりと、男の子が頷く。
 綺麗な目。でも……。
(何……この子、の目……)

 全てを遮断するような……感情が、感じられない。

 男の子が、右手で空を指して、私を指した。

 あ。人前で空飛んでたっ!
 しまった……つい……。

 男の子はじっとこちらを見ていた。

「あ、あのね……」
 こほん、と一つ咳をして、私は言った。

「実は、おねえちゃん……魔女なの」
「……」
 ガラスの様だった瞳に、ちらり、と感情が映った。
「魔女だってこと、誰にも内緒にしてくれる? 他の人にバレちゃ、だめなの」
「……」
 しばらく私を見つめる、小さな瞳。

 ……やがて、小さくこくり、と頷いた。

「ありがとう……」
 ぶるっと寒気がした。
(さ、寒……っ!)
 男の子を見ると、唇が紫になって、がたがた震えていた。
 ぎゅっと男の子を抱きしめる。体温下がってる。
「ねえ、おうちはどこ?」
「……」

(……急に心が閉じた……?)

 無表情のまま、男の子がある方向を指差した。……少し離れたところに、明かりが見えた。
 海辺沿いに建つ……三角屋根の建物?
(ここ……別荘地か何か?)
「とりあえず、寒いから戻ろうね」
 私は立ち上がり、右手で男の子の左手を握った。
 男の子の表情は、硬いままだったけど、私が握った手は振り払わなかった。

 薄暗い中、建物を目指して二人で歩く。空を仰いで、星を見る。さそり座のアンタレスが赤く綺麗に輝いていた。
(……この星の配置だと、夏の終わり……?)
 季節は、同じ。でも、時間は……?
 強い風に、足元がよろめいた。

 この風……台風が、近いの? 雨雲はないけれど。

 どこなのか、全然わからない……。

(和也さん……大丈夫だ、よね……)
 全力で外に吹き飛ばしたけれど、シルフィードが守ってくれてたはず……だから、身体への衝撃は少なかった……と思う。

(おばあちゃん……)

『もし、魔力が暴走したら……』

 何が起こるか、予測は出来ない。そう、おばあちゃんは言ってた。だから、魔力を制御できるよう、訓練しなさいって。

 男の子の手に力が入った。右側を見る。じっと私を見つめてる。
 思わず、左手で男の子の頭、をなぜなぜした。男の子の目、が大きくなった。
「怖かったね。でも、もう大丈夫よ」
「……」
 バリアを張ったようなこの子の瞳に、温かさを取り戻してあげたい。そう、思った。
「……私が、あなたを守るから」
 そう言って、にっこりと微笑んだ。男の子がびっくりしたように、私を見上げてる。
「……」
「だから、大丈夫よ」

 私は、男の子の手を引いて、指差した建物へと足を進めた。
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