Fly*Flying*MoonLight

PM10:30 社長室

『ねえ、楓。魔女は魔法をかけている所を人に見られちゃだめなのよ。
……もし……見られたら……』

「う……ん……」
 艶のある板張りの天井。身体が重い……

 あれ? 私……?

「……気がついたのか」
 え……。
ぼんやりとした瞳に映る、綺麗な顔。

「……!! 社長っ!」
 思わずがばっと起き上がった時、がつん!とモロに社長に頭突き。
「いたた……」
 両手で頭を押さえる。
「痛いのはこっちだ、この石頭」
 社長が文句を言った。

 ここ……。私は辺りを見回した。
 豪華なオーク材貼りの壁。どっしりと重厚な樫の机。黒のソファ。窓から見える、最上階の夜景。
(……どう考えても、社長室……?)

「いきなり倒れたから、ここで寝かせてたんだが……」
「す、すみません……ご迷惑をおかけして……」
 思いっきりソファを独占してた……私……。慌てて床に足を降ろした。
 社長が向かいのソファに座って、腕を組む。
「で? 説明してくれ」
 私は社長に向き合った。冷静な瞳がこちらを見ている。
 ……こうなったら、正直に言うしかない。私は恐る恐る口を開いた。

「あの……信じてもらえないかも、しれませんが……」
「……」
 ごくん。つばを飲み込む。一瞬、間を置いて、私は言った。

「実は、私……魔女、なんです……」
「……」
 暫くの間、社長室に沈黙が続いた。

 やがて、はあ、と社長がため息をついた。
「わかった。で?」
 わかった!? 私は目を丸くした。
「え、えらく、あっさり、なんですね……」
 信じてもらえないかと思ってたのに!? びっくりした私の顔を見て、社長が言葉を重ねた。
「目の前で空飛ばれたら、信じるしかないだろ」
「ご、ごもっともです……」
 こんな時でも、社長って冷静なんだなあ……。だからこそ、この会社も急成長したんだろうけど。私は拳を握りしめた。社長に言わなければならない事が、ある。

「あのっ! しゃ、社長にお願いがっ……!」
 社長が漆黒の瞳で私を見つめた。どくん、と心臓が跳ねた。
「別に人に言う気はないが」
「え?」
「誰でも、言いたくないことぐらいはあるからな」
 ……そういうレベルの問題じゃないような気も……するけど……。
「そ、そうしていただければ、助かります……」
 ぎゅっと、膝の上でこぶしを握る。
「で、でも、お願いと言うのは、そうではなくて……」
「……」
 私は思い切って、社長に頼んだ。
「わ、私を解放、してくださいっ!」

「は?」
 社長が目を丸くする。
「俺がお前を?」
「は、はい……」
「……別に捕まえたりしてないだろ」
「そ、そういう物理的な意味じゃなくて……」

 私は社長を真っ直ぐ見ながら、言った。
「私、今……あなたに従属している状態です」 
「従属……?」
 少し驚いたような顔。そうりゃそうよね、いきなりこんな事、言われたんじゃ……。
 私は頷いて、言葉をつづけた。
「……魔女は、魔法を使うところを見られると……その人のもの、になってしまうんです……」
「……」
「だ、だから、解放していただく必要がっ……」
 少し、呆然としたような声が聞こえた。
「……お前が……俺のもの……?」
 俯いたまま、こくり、と私は頷いた。
「だ、だから、あなたのためにしか、魔力が使えなくなってるんですっ……」
「……」
「か、解放して下されば、元に戻りますから……っ」
「よく、わからないが……」
 社長がゆっくりと話す。
「……例えば、俺がお前に『魔法でこうしろ』と言えば、従わざるを得ないってことか?」
「そ、そういうものじゃありません」
 私は慌てて社長に言った。
「私の魔法は、元々世界に存在する力に働きかけて、補助するようなものです」
「……」
「だから、何もないところからは、何も生まれません」
「……」
「それに……いくら社長が望んでも、『それが本当に社長のためになること』でなければ、だめです」
「……」
「例えば、社長がお金持ちになりたいって願っても、それで社長が幸せにならないなら、叶える事はできません。その人のためになる事=その人が望む事、ではないからです」
「……」
「それから、私……魔女として半人前なんです……」
「……?」
「うまく力を制御できなくて……暴走してしまうこともあって……」
「……」
「だから、いつも魔力の源である髪を編んで、力を抑えてるんですが……」
「……道理で、社内で髪を下ろしたところを見た事が無いわけだ」
「はい……」
 社長は腕組したまま、何か考え込んでいた。
「そ、その、たった一言、『解放する』って言っていただければいいんです。それで、すべて元通りです」
「元通り……?」
「私が……魔法を使うことを見た前に戻ります」
「……忘れる、ということか?」
「私に関する部分だけです」
「……」

 沈黙の後、社長が唐突に言った。
「……嫌だ、と言ったら?」
「は?」
 ぽかんと口を開けたまま、社長を見た。

……え……本気!?

「い、嫌……って……」
 社長の瞳がきらり、と光った……気がした。
「こんな面白そうな事、忘れるなどできない」
 社長が立ち上がって、私の間の前に立ち、屈み込んで、私の左ほほを撫ぜる。
 大きな手。ひんやりした感触。私は呆然としたままだった。
「……お前は、俺のもの、だよな?」
「え……と、そうじゃなく……て……」
 あくまで、私の魔力が、と言いかけた私の唇を、社長の人差し指が塞いだ。 
「……お前は俺のもの、だ」
「……!!」
 思わず息をのんだ。間近の社長の瞳が妖しく光ってる。

「あ、の……?」

 そっと手を離し、社長が窓の方へ歩いていく。私は混乱したまま、その後ろ姿を見ていた。
「……明日から俺が呼んだら、すぐ社長室(ここ)に来い」
「は!?」
 な、何言ってるの、この人っ!? 私は思わず立ち上がった。
「なにせ、お前は……」
 私を振り向いてにやり、と笑う社長の姿が、悪魔に見えた。

「……俺のもの、だろ?」
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