Fly*Flying*MoonLight

夜明け前~どこか、の邸宅前

「……ここ?」
 ……こくん、と小さく頷く男の子。

 大きな門柱。鉄柵が、ずっと続いてる……。
 ものすごい大邸宅に辿り着いたのは、夜が明けるぎりぎり前、だった。

(よかった……何とか、力が持った……)
 私は息を切らせながら、ほっとため息をついた。

 柵越しに見える、綺麗に整備された庭。
 ……この前行った、大邸宅に雰囲気似てるなあ……。
 そう思いながら、門柱にあるインターフォンを押した。

『……はい』
 落ち着いた声。
「朝早くから、申し訳ありません。この子を保護していただけませんかっ!?」
 男の子の肩を押し、インターフォンから良く見えるように前に立たせた。
『……もしや、沙耶花様の……!?』
 驚いたような声。さやか、の言葉に、男の子がこくんと頷いた。
『すぐに伺います』
 インターフォンが切れる。
「よかった……」
 今の人の声、この子の事を心配してくれてた。力がふうっと抜けた。
「よかったね……ここなら、きっと……」

 キィィィィン……
「……!!」
 頭が……痛い……っ
「……」
 がくん、膝をついた私を、男の子が心配そうに見つめた。
「……ごめん……ね……私、もう、行かない……と……」
(この子を巻き込む前に、ここを離れなきゃ……)
 そう思った私の首に、ふわっと銀の鎖がかかった。……おばあちゃんのメダル。返してくれたんだ。
「ありがとう、返してくれて」
 痛みをこらえて、なんとか、微笑んで見せた。
「……」
 必死で口を動かしてる。でも……言葉は出なかった。

 ……この子が話せない……のは……
 身体、の問題じゃない。どす黒いモノ――恐怖が、のどを塞いでる。
(だったら……)
「……これ、おまじない」
 私はそっと男の子の唇に、唇を合わせ、魔力をこの子に移した。男の子はびっくりしたような目で、私を見つめた。
「もう一度、お話ししてみて?」
「……っ」
 ゆっくりと、口を動かす。
「……お……」
 移した魔力が――恐怖を溶かしていく。
「おね……え、ちゃん……」
 かすれた声。でもちゃんと言葉、が出た。私は思わず、男の子を思い切り抱きしめていた。
「もう……大丈夫だから……」
「……おねえちゃん……」
 私は立ち上がった。門の中を見ると、遥か向こうにあるお屋敷から、こちらに走ってくる男性の姿、が見えた。
「じゃあね、元気でね」
 そう言った私の服を、男の子が掴んだ。

「……また、会える?」
「……」

 すがるような瞳。嘘はつけない。でも……

 ……ここがどこなのか、いつなのか、がわからない。また、会えるかどうか……

 ちりん……
 
 おばあちゃんのメダルが鳴った。

(……そうだ、これ……!!)

 メダルを握りしめ、おばあちゃんに教わった呪文を唱える。メダルがぼんやりと金色に輝いて……
 ……二つに、割れた。

「これを……」
 割れた片方を、この子に渡す。

「……このメダル、元々一つのものが二つに分かれたでしょう? だから、どんなに遠くに離れていても、もう一度一つになろうとするの」
「……」
「私のおばあちゃんも、このメダルで離れ離れになった人と、また会えたって言ってたわ」
「……」
 メダルをじっと見る男の子。
「だから、大事に持っていて。
   ……きっと、また、会えるから」
「うん……」

 ……その時、風が私の身体を包んだ。
「くっ……!」
 全身が痺れる。暴走する前兆。だめ、離れないと……っ!
「おねえちゃん!?」
 一歩下がって離れる。何とか笑顔を見せる。
「元気、でね……」

 ぐにゃり、と風景が歪む。
 男の子が私に伸ばした手が、絵の具を混ぜたかのように歪んで、空間に溶けて行く。

 ……そして


 ……また、真っ暗な世界、に戻った。
< 45 / 65 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop