Fly*Flying*MoonLight
三日後

AM8:00 病室

 ……ら、さん……。

「ん……」

 ……まぶ……しい……

 重いまぶたを開ける……白い天井?

「……内村さんっ!?」

 左の方を向く。点滴の傍に立ってるのは……

「……美月……さん……?」
 かすれ声。涙ぐんでいる美月さん、を見る。
「よかった……」

 ……美月さんの後ろ……に……

「和也……さん……?」

 パイプ椅子にぐったりともたれかかって、寝ている和也さんが、いた。
 シャツ、しわくちゃ……無精ひげも生えてる……。

「……あなた、三日も眠ったままだったのよ。覚えてる?」
「……三日……?」
「和也……もうずっと付きっきりで……」
「……」
「先生は眠ってるだけで、身体には異常ないって、おっしゃったけど……」
 ぼうっとした頭で、美月さんの言葉を聞いていた。

 私……

 何が、どうなって……?

 思い出そうとしていたら……和也さんの目が開いた。少しぼうっとした和也さんの瞳が、私を捕らえた。
 がばっと和也さんが立ち上がる。

「……楓?」
「……和也、さん……」

 和也さんが美月さんの前に立つ。

 ――一瞬、和也さんの表情が歪んだ。

「この……


    ……大馬鹿野郎っ!!」

 大音響。耳がキーンとした。

「和也、ここ病院よ?」
 美月さんが、制止するのもお構いなしに、和也さんが怒鳴った。

「お前、一体何やってたっ!!」
「……な、に……って……」

 ぎらぎらする瞳に睨まれた。

「……勝手な事、するな」
「……え……」
「お前は俺のものだろうがっ!!」

 ……和也さんに突然、抱きしめられた。

「か……ず……」
「俺のもの、だから……」
 和也さんの腕に力が入る。
「勝手に、いなくなったりするなっ……!!」
 息が詰まる。
「もう……ニ度と……」
「和也……さん……?」

「俺から、離れるなっ……!!」

 ……心の底から、絞り出したような、声。
 ……和也さん……泣いて……る……?

「……和也」
 美月さんが、和也さんの肩を叩いた。
「あなた、シャワーでも浴びて来なさいよ。内村さんも、先生の診察受けないといけないし」
 しぶしぶ、といった感じで、和也さんが手を離す。じろっと私を睨む。

「……後でまた来る」
「は……い……」
 なんだか、怒られてる気分……。私は首をすくませた。

 和也さんは大股で、病室を出て行った。

 ふうっと美月さんが息を吐いた。
「内村さん。あなた、分かってる?」
「え……」
「あなたが、あの火事で行方不明になった時……あの人、半狂乱であなたの名前、呼んでたのよ」
「……」
「小さい頃、両親を火事で亡くして、煙や火を見ると身体が硬直するくせに、あなたを探しに燃えるビルに飛び込もうとしたし」
「……」
「あなたが、倒壊したビルから発見された時も……消防隊員に引き離されるまで、あなたを抱きしめて離そうとしなかったのよ? しかも全社員の前で」
「……」
 美月さんがふふっと笑った。
「これで、和也の気持ちが分からないって言うんじゃ、あなた鈍いのを通り越して、馬鹿よ馬鹿」
 ……和也さん……

 美月さんがナースコールを押す。
『……はい、どうされました?』
「……内村さんが目を覚ましました」
『わかりました、すぐに伺います』

「ねえ、内村さん。あなたの気持ちは、私には分からないけれど……」
 美月さんが、私の右手、を見た。
「あなた、眠ってる間も、ずっと右手を握りしめたまま、だったわよ」

 ……右手。そっと手のひらを開く。透明な水晶の薔薇が、そこにあった。

 薔薇を見つめる私に、美月さんが言った。
「……どちらにせよ、ちゃんとあなたの気持ち、和也に言ってあげてね?」
「は……い」
「あなたは知らないだろうけど……和也、あなたのこと、新入社員の頃から見てたのよ」
 え……?
「あの人、うちの入社試験を受ける人の履歴書、全部読んでるんだけど……」
「あなたの写真見たとたんに、『どんな理由があっても内定だせ』って」
 え!?
「じゃ……じゃあ、私って、コネ入社?だったんですか……?」
 美月さんが首を振る。
「別に和也がそう言わなくても、内定でてたわよ?」
「そう……ですか……」
 ちょっと、ほっとした。
「あなたの配属を総務部に決めたのも、和也だし」
「え?」
「総務部って、社外に出る機会も少なくて、しかも女性が多い部署でしょ?」
「……」
「まあ、あなたも事務希望だったから、ちょうど良かったんだけど」
 そ、そんな裏工作があったなんて……。
「ちっとも知りませんでした……」
「朝礼の時とか、他の部署に行く時とか、本当にあなたの事良く見てたわ」

『社内で髪を下ろしたところを見た事が無いわけだ』

 ……確か、そう言ってた……。

 美月さんが、また笑った。
「和也には、私が言った事、内緒にしててね?」
「はい……」

「さてと……」
 んーっと、美月さんが伸びをした。
「私も、一度戻るわね。ゆっくり休んで、元気出して頂戴」
「はい……ありがとうございます」

 美月さんが軽い足取りで病室から出て行った。入れ替わりに、お医者さんと看護師さんが入ってきて診察が始まった。
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