Fly*Flying*MoonLight
一ヶ月後
AM9:30 それぞれの部屋
*** 私の部屋
「……内村さん、本当に綺麗よ」
「……ありがとうございます、美月さん」
後ろに立った岡村さんが、鏡越しにウィンクした。
「こんなに美しい花嫁でしたら、高橋様も気が気じゃないでしょうね」
鏡の中の私、は岡村さんと美月さんの手によって、とても綺麗、になっていた。
左手の薬指には、ムーンストーンの指輪。細い金の蔦が、カボションカットのムーンストーンを囲んでいる、シンプルなデザイン。
『本当にそれでいいのか?』
和也さん、何度も聞いてたっけ。
『ムーンストーンは月の魔力の結晶。だから、これがいいんです』
そう言ったら、やっと納得してくれた。
白いベールが、開いた窓からの風に揺れた。アンティークレースのドレスの裾が風に踊る。
「……また、見せたくない、とか我がまま言いそうよね……和也……」
「このドレスは、おばあさまのもの、とお聞ききしましたが?」
「はい……祖母が故郷から持ってきたもので、全て手編みのレースだって聞きました」
ほうと美月さんがため息をついた。
「本当、綺麗な生地よね……こんないいお品、めったにないわよ?」
「……では、高橋様の方を確認してまいりますね」
そう言って岡村さんが、部屋を出て言った。
美月さんは、薄い薔薇色のドレス。ブライズメイドで揃えてもらった。
背が高くて、すらっとしてて、人目惹くなあ……。
「あの……美月さん」
「なあに?」
私は、前から聞きたかった事を聞いた。
「美月さんは……その、和也さんの、事……」
美月さんが少し目を細め……そして、ふふっと笑った。
「そうねえ……大学で出会った最初の頃は、ちょっとそんな気になった事もあったかしら……」
「……でもね、和也は誰も自分の心に入れようとしなかったの。結構もてていたのにね」
「……」
「和也の心には、もう誰かいる。そう分かってからは、きっぱりすっぱりあきらめたわよ? それからは、共に闘う戦友って感じかしら」
美月さんが私を見て笑った。
「あなた、だったのね。和也がずっと心にしまいこんでたのは」
「美月さん……」
「あなたに対してだけは、和也、態度が違うもの。あんなに心の狭い男だとは思わなかったわ」
社長としては優秀なのにね、と美月さんが含み笑いをした。
「……まあ、和也も会長として残ってくれるって言ってたし。私は私のやり方でやらせてもらうわ」
「……美月さんなら、きっと、大丈夫です」
……そう。和也さんが九条家次期当主の仕事が忙しくなるからって、美月さんが社長に就任することになった。
美人社長って、さっそく取材も来てたっけ。
ふふっと美月さんが笑う。社長の顔、だ。
「あなたの作った化粧水やクリーム、ご親戚だけじゃなく社内でも好評よ? ぜひ販売ルートに乗せたいわ。商品化、考えてみてね?」
「……でも、大量生産できないんですが」
「そこがいいのよ。希少価値があって」
美月さんがウィンクした。
「仕事、持ってた方がいいわよ? でないと、和也、あなたに甘えっぱなしになっちゃうでしょ?」
「そ……うでしょうか……」
「ちょっとくらい、やきもきさせてやりなさい。独占欲強過ぎなんだから、彼」
そう……かなあ……。
美月さんが窓の方を見た。
「本当に、いいお天気。薔薇園も素敵よね」
「はい……」
「薔薇って初夏だと思ってたけど、初秋でも結構咲いてるのね」
「今は品種によって、四季咲きもありますから」
……本当は、魔法がかかってるから、年中咲いてるのですが、と心の中で付け足した。
美月さんが、私を振り返って言った。
「内村さん……いえ、楓さん。和也の事、よろしく頼むわね?」
私は美月さんに微笑んだ。
「はい……」
*** 楓の祖父の部屋
「……本当にお美しい花嫁姿でした」
岡村がそう言った。
「でしょうなあ……どれ、わしも少し会いに行くとしますか」
腰を浮かしかけたじーさんを俺は睨んだ。
「……俺が見てないっていうのに、見に行かないで下さい。減るので」
「……本当に心の狭い……」
じーさんが、ぶつくさ文句を言った。
「式の前に花婿が花嫁を見ては不吉、と言われておりますので」
岡村がおかしそうに言う。
「……ったく、美月も邪魔ばかりするし……」
『……結婚式は、私の家であげたいんです』
そう、楓は言った。
『おじいちゃんとおばあちゃん……そして、お父さんとお母さんも、あの家で式をあげました』
『楓……』
『大切な人たちに囲まれて……あの薔薇たちに囲まれて……誓い、を立てたいんです』
『そして……来て下さった皆さんに、魔法のスープを飲んで頂きたい。それが私の夢、なんです……』
『それから……花嫁の引き渡し役を、ぜひおじいさまに……』
『わしに……?』
『はい……お願いします』
……じーさん、涙ぐんでたな……。
……一ヶ月以上は、絶対待てない。俺から出した条件は、それだけだった。
美月と岡村、楓が、この一ヶ月、準備に走り回った。美月の有能さが存分に発揮されたな……本当に……。
楓の部屋に自由に入れる、と聞いたから、俺はこの一ヶ月間九条の屋敷にいた。
……そうしないと、我慢できなかった、から。
(……おかげで、楓と二人きりで会う時間もなかったが)
「……もうすぐですよ、高橋様」
岡村が笑顔で言った。
「……そうだな……」
俺はこの一ヶ月の事を思い返していた。
……じーさんの喜寿のパーティーで、俺が次期九条当主になる事と、楓と結婚する事が発表された。
当然ながら、会場は大騒ぎになった……が……。
「……楓にあんな才能があったとはな……」
じーさんが、分かったような笑顔を見せた。
「お前も同じ事を考えておったのか。見事じゃったな、楓さんは。あの口うるさい分家の史郎が、ああもメロメロになるとは……傑作じゃった」
そう……楓がにこにこ笑いながら話しかけただけで、皆笑顔になっていた。
しかめっ面しか見た事ない、史郎伯父が、楓に微笑まれて赤くなってたのには驚いた。
……多分楓は、無意識のうちに、その人の本当の望み、に寄り添っていたんだろう。
……俺に、そうしてくれたように。
女性陣は、楓が使ってる、とかいう手製の化粧水やらクリームやらに夢中だった。
一度使った親類から、肌がすべすべになっただの、白くなっただの、もっと欲しいと言われて……さばくの大変だったと美月が言ってた。
『もう、絶対商品化するわよっ!! 独占販売権はウチで!!』
美月の目は……社長の目、だったな。
じーさんが、ぽつり、と言った。
「譲司のことも……楓さんのおかげじゃな」
「……」
同じく喜寿の席で、九条の屋敷は武田の叔父が管理することと、九条姓になることも発表された。
武田……の叔父は……あの後、俺に話しかけて来た。
『和也……済まなかった』、と。
――その短い言葉に、どれほどの想いが込められていたのだろう。
前の俺なら、絶対に許せなかった、と思う。
だが……。
『もう、いいんです。あなたには感謝していることもありますから』
そう言うと、武田の叔父は驚いたような顔をしていた。
『……武田様がいなかったら、
私……小さい頃の和也さんに会って、プロポーズできなかったわ』
……そう、楓が言ったから。
「……そろそろお時間ですね」
岡村が言った。俺は、胸元のポケットに、一輪の薔薇を飾った。
……ムーン・スター・ローズ。楓のおばあちゃんが、生み出した薔薇。
俺は、岡村とともに、薔薇の庭へと降りて行った。
「……内村さん、本当に綺麗よ」
「……ありがとうございます、美月さん」
後ろに立った岡村さんが、鏡越しにウィンクした。
「こんなに美しい花嫁でしたら、高橋様も気が気じゃないでしょうね」
鏡の中の私、は岡村さんと美月さんの手によって、とても綺麗、になっていた。
左手の薬指には、ムーンストーンの指輪。細い金の蔦が、カボションカットのムーンストーンを囲んでいる、シンプルなデザイン。
『本当にそれでいいのか?』
和也さん、何度も聞いてたっけ。
『ムーンストーンは月の魔力の結晶。だから、これがいいんです』
そう言ったら、やっと納得してくれた。
白いベールが、開いた窓からの風に揺れた。アンティークレースのドレスの裾が風に踊る。
「……また、見せたくない、とか我がまま言いそうよね……和也……」
「このドレスは、おばあさまのもの、とお聞ききしましたが?」
「はい……祖母が故郷から持ってきたもので、全て手編みのレースだって聞きました」
ほうと美月さんがため息をついた。
「本当、綺麗な生地よね……こんないいお品、めったにないわよ?」
「……では、高橋様の方を確認してまいりますね」
そう言って岡村さんが、部屋を出て言った。
美月さんは、薄い薔薇色のドレス。ブライズメイドで揃えてもらった。
背が高くて、すらっとしてて、人目惹くなあ……。
「あの……美月さん」
「なあに?」
私は、前から聞きたかった事を聞いた。
「美月さんは……その、和也さんの、事……」
美月さんが少し目を細め……そして、ふふっと笑った。
「そうねえ……大学で出会った最初の頃は、ちょっとそんな気になった事もあったかしら……」
「……でもね、和也は誰も自分の心に入れようとしなかったの。結構もてていたのにね」
「……」
「和也の心には、もう誰かいる。そう分かってからは、きっぱりすっぱりあきらめたわよ? それからは、共に闘う戦友って感じかしら」
美月さんが私を見て笑った。
「あなた、だったのね。和也がずっと心にしまいこんでたのは」
「美月さん……」
「あなたに対してだけは、和也、態度が違うもの。あんなに心の狭い男だとは思わなかったわ」
社長としては優秀なのにね、と美月さんが含み笑いをした。
「……まあ、和也も会長として残ってくれるって言ってたし。私は私のやり方でやらせてもらうわ」
「……美月さんなら、きっと、大丈夫です」
……そう。和也さんが九条家次期当主の仕事が忙しくなるからって、美月さんが社長に就任することになった。
美人社長って、さっそく取材も来てたっけ。
ふふっと美月さんが笑う。社長の顔、だ。
「あなたの作った化粧水やクリーム、ご親戚だけじゃなく社内でも好評よ? ぜひ販売ルートに乗せたいわ。商品化、考えてみてね?」
「……でも、大量生産できないんですが」
「そこがいいのよ。希少価値があって」
美月さんがウィンクした。
「仕事、持ってた方がいいわよ? でないと、和也、あなたに甘えっぱなしになっちゃうでしょ?」
「そ……うでしょうか……」
「ちょっとくらい、やきもきさせてやりなさい。独占欲強過ぎなんだから、彼」
そう……かなあ……。
美月さんが窓の方を見た。
「本当に、いいお天気。薔薇園も素敵よね」
「はい……」
「薔薇って初夏だと思ってたけど、初秋でも結構咲いてるのね」
「今は品種によって、四季咲きもありますから」
……本当は、魔法がかかってるから、年中咲いてるのですが、と心の中で付け足した。
美月さんが、私を振り返って言った。
「内村さん……いえ、楓さん。和也の事、よろしく頼むわね?」
私は美月さんに微笑んだ。
「はい……」
*** 楓の祖父の部屋
「……本当にお美しい花嫁姿でした」
岡村がそう言った。
「でしょうなあ……どれ、わしも少し会いに行くとしますか」
腰を浮かしかけたじーさんを俺は睨んだ。
「……俺が見てないっていうのに、見に行かないで下さい。減るので」
「……本当に心の狭い……」
じーさんが、ぶつくさ文句を言った。
「式の前に花婿が花嫁を見ては不吉、と言われておりますので」
岡村がおかしそうに言う。
「……ったく、美月も邪魔ばかりするし……」
『……結婚式は、私の家であげたいんです』
そう、楓は言った。
『おじいちゃんとおばあちゃん……そして、お父さんとお母さんも、あの家で式をあげました』
『楓……』
『大切な人たちに囲まれて……あの薔薇たちに囲まれて……誓い、を立てたいんです』
『そして……来て下さった皆さんに、魔法のスープを飲んで頂きたい。それが私の夢、なんです……』
『それから……花嫁の引き渡し役を、ぜひおじいさまに……』
『わしに……?』
『はい……お願いします』
……じーさん、涙ぐんでたな……。
……一ヶ月以上は、絶対待てない。俺から出した条件は、それだけだった。
美月と岡村、楓が、この一ヶ月、準備に走り回った。美月の有能さが存分に発揮されたな……本当に……。
楓の部屋に自由に入れる、と聞いたから、俺はこの一ヶ月間九条の屋敷にいた。
……そうしないと、我慢できなかった、から。
(……おかげで、楓と二人きりで会う時間もなかったが)
「……もうすぐですよ、高橋様」
岡村が笑顔で言った。
「……そうだな……」
俺はこの一ヶ月の事を思い返していた。
……じーさんの喜寿のパーティーで、俺が次期九条当主になる事と、楓と結婚する事が発表された。
当然ながら、会場は大騒ぎになった……が……。
「……楓にあんな才能があったとはな……」
じーさんが、分かったような笑顔を見せた。
「お前も同じ事を考えておったのか。見事じゃったな、楓さんは。あの口うるさい分家の史郎が、ああもメロメロになるとは……傑作じゃった」
そう……楓がにこにこ笑いながら話しかけただけで、皆笑顔になっていた。
しかめっ面しか見た事ない、史郎伯父が、楓に微笑まれて赤くなってたのには驚いた。
……多分楓は、無意識のうちに、その人の本当の望み、に寄り添っていたんだろう。
……俺に、そうしてくれたように。
女性陣は、楓が使ってる、とかいう手製の化粧水やらクリームやらに夢中だった。
一度使った親類から、肌がすべすべになっただの、白くなっただの、もっと欲しいと言われて……さばくの大変だったと美月が言ってた。
『もう、絶対商品化するわよっ!! 独占販売権はウチで!!』
美月の目は……社長の目、だったな。
じーさんが、ぽつり、と言った。
「譲司のことも……楓さんのおかげじゃな」
「……」
同じく喜寿の席で、九条の屋敷は武田の叔父が管理することと、九条姓になることも発表された。
武田……の叔父は……あの後、俺に話しかけて来た。
『和也……済まなかった』、と。
――その短い言葉に、どれほどの想いが込められていたのだろう。
前の俺なら、絶対に許せなかった、と思う。
だが……。
『もう、いいんです。あなたには感謝していることもありますから』
そう言うと、武田の叔父は驚いたような顔をしていた。
『……武田様がいなかったら、
私……小さい頃の和也さんに会って、プロポーズできなかったわ』
……そう、楓が言ったから。
「……そろそろお時間ですね」
岡村が言った。俺は、胸元のポケットに、一輪の薔薇を飾った。
……ムーン・スター・ローズ。楓のおばあちゃんが、生み出した薔薇。
俺は、岡村とともに、薔薇の庭へと降りて行った。