Fly*Flying*MoonLight
マリーSideのStory2
「……よろしいのですか?」
あの人に、もう一度聞いた。
「この部屋を出たら……あなたの時間は進み始めますよ? そうしたら……」
「……あと数日しかもたない。そうだね?」
「……」
あの人は車いすを押す私を見上げて言った。
「人の寿命は、どうすることもできない。それは神が決める事だからね。君がこの部屋に魔法をかけて、私の命がすり減っていく時を遅くするのが精一杯、だったろう?」
黙り込んだ私の手を、あの人は優しく叩いた。
「後悔はしていないよ? あの時……暴走した楓を止められるのは、私しかいなかった。例え、私の寿命と引き換えにしたとしても……あの子の命を護るためだったら、何も惜しくはない」
「……」
「……どちらにせよ、私の身体はもう限界だ。このままこの部屋にいても、あと数ヶ月といったところだろう。ならば……」
あの人が笑う。
「かわいい孫娘の卒業式を、この目で見ておきたいんだよ。……結婚式は見られそうにないからね」
***
「おじい……ちゃ……ん……」
楓がぽろぽろ涙、をこぼした。白い十字架の墓標に、ムーン・スター・ローズの花束が捧げられている。
桜の花びらが、ひらひらと舞いおりていた。私は青い空を見上げた。飛行機雲が一筋、空を割って進んでいた。
楓が高校を卒業した三日後、あの人は眠るように息を引き取った。
楓はずっと泣いていた。
私は……泣かなかった。そう、約束したから。
「……おばあちゃん……」
楓が細い声で言った。
「おばあちゃんも……行って、しまうの?」
私は楓を抱きしめた。
「……私がここにいられたのは、あの人がいてくれたから、なの」
魔女が一生に一度だけ使える魔法。魔力の大半を封印し、心を捧げた人と時間を共有する魔法。だから見かけ上、同じ年月を重ねる事ができた。
でも……。
「あの人が逝ってしまった今、私の魔法は解けてしまったわ。そうしたら……」
元の姿、に戻り始めるだろう。次第に若返っていく私が、ここにいることはできない。
「……おばあちゃん」
楓が涙を拭いて、私を見た。
「私も、おばあちゃんと一緒に行っちゃだめなの?」
「楓……」
「私、半人前の魔女だけど、一生懸命修行するわ。おばあちゃんみたいな、立派な魔女になれるように」
「……」
真剣な眼差し。多分、楓は魔女の村にいっても、『魔女として』ちゃんとやっていけるだろう。
でも……。
楓の未来を映し出した水晶玉――そこに映っていたのは……
私は、楓の両肩に手を置いた。
「……楓。魔女として生きるっていうことはね、人としての生を捨てるってことなの」
「……」
そう……楓が人として生きるのをやめてしまったら……
「あなたに出会うべき人の運命を変えてしまうわ。そして、あなたの運命もね」
「おばあちゃん……」
「あなたは、まだこの人の世でやるべき事があるのよ?」
「……」
悲しそうな楓の頭をそっとなぜた。
「大丈夫よ。離れていても、いつだって水晶玉で話せるんだから」
「……そう……なの?」
「そうよ」
私はふふっと笑った。
「いつだって、何処にいたって、私は楓を見守っているわ」
それに……
――水晶玉に映った、あの、小さな男の子。
おそらく、あの子は……。
「……あなたもいずれ出会えるはずよ? あなたの運命の相手に、ね」
私は十字架をもう一度見た。
……墓標に刻まれた、あの人と私の名前。
「私は人としての生は終えるけれど、いなくなるわけじゃないのよ?」
「うん……」
私は楓の頭をなぜなぜしながら、言った。
「……大丈夫。あなたは、なんといっても、あの人と私の自慢の孫、なんだから」
あの人に、もう一度聞いた。
「この部屋を出たら……あなたの時間は進み始めますよ? そうしたら……」
「……あと数日しかもたない。そうだね?」
「……」
あの人は車いすを押す私を見上げて言った。
「人の寿命は、どうすることもできない。それは神が決める事だからね。君がこの部屋に魔法をかけて、私の命がすり減っていく時を遅くするのが精一杯、だったろう?」
黙り込んだ私の手を、あの人は優しく叩いた。
「後悔はしていないよ? あの時……暴走した楓を止められるのは、私しかいなかった。例え、私の寿命と引き換えにしたとしても……あの子の命を護るためだったら、何も惜しくはない」
「……」
「……どちらにせよ、私の身体はもう限界だ。このままこの部屋にいても、あと数ヶ月といったところだろう。ならば……」
あの人が笑う。
「かわいい孫娘の卒業式を、この目で見ておきたいんだよ。……結婚式は見られそうにないからね」
***
「おじい……ちゃ……ん……」
楓がぽろぽろ涙、をこぼした。白い十字架の墓標に、ムーン・スター・ローズの花束が捧げられている。
桜の花びらが、ひらひらと舞いおりていた。私は青い空を見上げた。飛行機雲が一筋、空を割って進んでいた。
楓が高校を卒業した三日後、あの人は眠るように息を引き取った。
楓はずっと泣いていた。
私は……泣かなかった。そう、約束したから。
「……おばあちゃん……」
楓が細い声で言った。
「おばあちゃんも……行って、しまうの?」
私は楓を抱きしめた。
「……私がここにいられたのは、あの人がいてくれたから、なの」
魔女が一生に一度だけ使える魔法。魔力の大半を封印し、心を捧げた人と時間を共有する魔法。だから見かけ上、同じ年月を重ねる事ができた。
でも……。
「あの人が逝ってしまった今、私の魔法は解けてしまったわ。そうしたら……」
元の姿、に戻り始めるだろう。次第に若返っていく私が、ここにいることはできない。
「……おばあちゃん」
楓が涙を拭いて、私を見た。
「私も、おばあちゃんと一緒に行っちゃだめなの?」
「楓……」
「私、半人前の魔女だけど、一生懸命修行するわ。おばあちゃんみたいな、立派な魔女になれるように」
「……」
真剣な眼差し。多分、楓は魔女の村にいっても、『魔女として』ちゃんとやっていけるだろう。
でも……。
楓の未来を映し出した水晶玉――そこに映っていたのは……
私は、楓の両肩に手を置いた。
「……楓。魔女として生きるっていうことはね、人としての生を捨てるってことなの」
「……」
そう……楓が人として生きるのをやめてしまったら……
「あなたに出会うべき人の運命を変えてしまうわ。そして、あなたの運命もね」
「おばあちゃん……」
「あなたは、まだこの人の世でやるべき事があるのよ?」
「……」
悲しそうな楓の頭をそっとなぜた。
「大丈夫よ。離れていても、いつだって水晶玉で話せるんだから」
「……そう……なの?」
「そうよ」
私はふふっと笑った。
「いつだって、何処にいたって、私は楓を見守っているわ」
それに……
――水晶玉に映った、あの、小さな男の子。
おそらく、あの子は……。
「……あなたもいずれ出会えるはずよ? あなたの運命の相手に、ね」
私は十字架をもう一度見た。
……墓標に刻まれた、あの人と私の名前。
「私は人としての生は終えるけれど、いなくなるわけじゃないのよ?」
「うん……」
私は楓の頭をなぜなぜしながら、言った。
「……大丈夫。あなたは、なんといっても、あの人と私の自慢の孫、なんだから」