Fly*Flying*MoonLight
*** 三日後 病室
……静か、だ。
白い病室の中。すやすやと眠る楓の寝息だけが聞こえる。
……ビルの焼け跡から見つかった楓は、奇跡的にほとんど外傷もなかった。
身体も特に異常はなく、脳波も眠っている状態だ、と主治医が言っていた。
……安らかな表情。まるで眠り姫だ。
傍についてる俺の代わりに、伶子が会社関係の後始末を引き受けてくれた。
……あの火事は、複数の人間による「いたずら」が原因だった、と警察から報告があった。それぞれは、器物破損や不法侵入といった、あまり罪悪感を感じない、犯罪。
……だが……
それら全てが繋がった時、あの火事が起きるように仕組まれていた。
……俺、だ。
俺が狙われたんだ、とすぐに判った。
俺が、煙や炎を見ると、身体が硬直することを知っていて……。
……じーさんは喜寿のパーティーで、俺を九条当主にする、と発表すると言っていた。おそらく……それを防ぐために。
……そのために、楓を巻き込んだ。
楓は……俺を護ろうとして、あの大爆発に……
右手を握りしめる。爪が手のひらに食い込む。
「楓……」
話しかけても、全く動かない表情。
……楓。
眠ったままの楓を見て、
……怒鳴って揺さぶりたいのか
……抱きしめて、キスしたいのか
判らなくなっていた。
パイプ椅子にもたれる。少し目をつむる。
……楓。お前が起きたら……
言いたい事が、沢山ある……んだ……。
……ゆっくりと、意識が薄らいでいった。
***AM8:00 病室
……。
「……あなた、三日も眠ったままだったのよ。覚えてる?」
「……三日……?」
「和也……もうずっと付きっきりで……」
「……」
「先生は眠ってるだけで、身体には異常ないっておっしゃったけど……」
……伶子、の声?
誰か……と、話して……?
うっすらと目を開ける。こちらを見ている楓と目があった。
(……楓っ!?)
急に目が覚めた。
俺は咄嗟に椅子から立ち上がった。
「……楓?」
「和也……さん……」
……楓の声。俺の名前。
……もしかしたら、もう二度と聞けないかもしれない、と思っていた、声。
……俺は、楓の前に立った。楓の目が丸くなる。
――訳の分からない衝動に駆られた俺がやったのは、
「この……
……大馬鹿野郎っ!!」
……と、大声で怒鳴る事だった。
***PM1:20 病室
一度、家に戻り、シャワーを浴び、ひげを剃った。伶子が差し入れてくれてた、サンドウィッチをかじって、また病院に。
楓の診察と昼食が終わるまで、外で待っていた。
……何を言えばいいのか、わからない。
安堵と怒り。もう頭の中がごちゃごちゃだ。
俺は、すうっと大きく息を吸った。
……そして、楓の病室のドアをノックした。
***
「気分は……どうだ」
やっと絞り出した声。
「は……い、大丈夫……です……」
楓がおそるおそる言った。落ち着かなさげに、身体をひねった。
……ん?
楓の首元から、銀の鎖が外に出た。
……え……!?
俺は目を疑った。手を伸ばして、楓のメダルを手に取る。
……完全な楕円形だったメダルが……
……半分、になっていた。
「お前……これ……」
声がかすれた。
「あ、の……これは……」
つっかえながら、楓が言った。
「あの火事の時……魔力が暴走して、どこかに飛ばされて……で、そこで会った男の子、にあげました」
「……」
「心を閉ざしてて……悲しい事があったのに、それを誰にも言えなくて……」
「……」
「また会える? って聞かれたから……」
「……」
「おばあちゃんが言ってたんです。このメダルは二つに分かれても、一つになろうとするから、どんなに離れてても、半分ずつお互い持っていれば、必ずまた会えるって」
「……」
「だから……また会う約束をしました」
「……」
楓……が……?
……あの時の『彼女』と
……完全に、重なった。
俺は、自分の首の後ろに手を回し、銀色の鎖を外して、楓の右手のてのひらに置いた。
その先についているのは……
……半分の、銀のメダル。
『大事に持っていて』
……そう、『楓』が言った通り……ずっと、大事に、持っていた。
……一つに戻ったメダルを見て
「え……え……ええええっ!?」
楓が驚いたような声を上げた。
「ど……うして……」
……呆然と呟く、楓。
……お前が、俺に渡したから。
『きっと、また、会える』
その言葉通り……また、会えた。
……だから、俺は、楓にこう言った。
「……薔薇の……」
「薔薇の……あざ、まだ背中にあるのか?」
……そう聞いたら、えっ!?、とびっくりしたような顔をした。
……やっぱり、楓、だ。
その事実に、呆然としていた俺の目に……窓ガラスに映る女性の姿、が入ってきた。
「お、おばあちゃんっ!?」
楓が叫ぶ。
「……楓の……『おばあちゃん』?」
呆然と、俺は言った。
「確か……亡くなった……と……」
ガラスに映った、楓のおばあちゃんは、今は魔女の村にいることと、このメダルのいわれ、について話してくれた。
『そのメダルはね、魔女が「自分の魔力と心の半分を、大切な人に捧げる」のに使うのよ?』
『そのメダルを渡すってことは……私と人生を共にして下さいって事。つまりプロポーズね、魔女の』
……プロポーズ!? 俺は目を見張った。
……楓が? 俺に?
当の楓は、どうも知らなかったようで、ビックリ仰天真っ赤になっていた。
……心の底から、強い想いが湧き上がってくる。
……お前は……俺のもの、だ。
だから、『おばあちゃん』に、こう言った。
「……楓の体調が良くなり次第、すぐ手配します」
「えええええっ!?」
目を白黒させてる楓にも、こう言った。
「……俺のファーストキスを奪って、プロポーズしたのは、お前の方だぞ」
その言葉で、真っ赤になった楓を、俺は見つめた。
……俺の魔女。もう俺から、解放されることはない。
……なにせ
……二十二年前から、俺は
……お前の事が、好きだったんだから。
<MoonLight*ShortStory 完>
……静か、だ。
白い病室の中。すやすやと眠る楓の寝息だけが聞こえる。
……ビルの焼け跡から見つかった楓は、奇跡的にほとんど外傷もなかった。
身体も特に異常はなく、脳波も眠っている状態だ、と主治医が言っていた。
……安らかな表情。まるで眠り姫だ。
傍についてる俺の代わりに、伶子が会社関係の後始末を引き受けてくれた。
……あの火事は、複数の人間による「いたずら」が原因だった、と警察から報告があった。それぞれは、器物破損や不法侵入といった、あまり罪悪感を感じない、犯罪。
……だが……
それら全てが繋がった時、あの火事が起きるように仕組まれていた。
……俺、だ。
俺が狙われたんだ、とすぐに判った。
俺が、煙や炎を見ると、身体が硬直することを知っていて……。
……じーさんは喜寿のパーティーで、俺を九条当主にする、と発表すると言っていた。おそらく……それを防ぐために。
……そのために、楓を巻き込んだ。
楓は……俺を護ろうとして、あの大爆発に……
右手を握りしめる。爪が手のひらに食い込む。
「楓……」
話しかけても、全く動かない表情。
……楓。
眠ったままの楓を見て、
……怒鳴って揺さぶりたいのか
……抱きしめて、キスしたいのか
判らなくなっていた。
パイプ椅子にもたれる。少し目をつむる。
……楓。お前が起きたら……
言いたい事が、沢山ある……んだ……。
……ゆっくりと、意識が薄らいでいった。
***AM8:00 病室
……。
「……あなた、三日も眠ったままだったのよ。覚えてる?」
「……三日……?」
「和也……もうずっと付きっきりで……」
「……」
「先生は眠ってるだけで、身体には異常ないっておっしゃったけど……」
……伶子、の声?
誰か……と、話して……?
うっすらと目を開ける。こちらを見ている楓と目があった。
(……楓っ!?)
急に目が覚めた。
俺は咄嗟に椅子から立ち上がった。
「……楓?」
「和也……さん……」
……楓の声。俺の名前。
……もしかしたら、もう二度と聞けないかもしれない、と思っていた、声。
……俺は、楓の前に立った。楓の目が丸くなる。
――訳の分からない衝動に駆られた俺がやったのは、
「この……
……大馬鹿野郎っ!!」
……と、大声で怒鳴る事だった。
***PM1:20 病室
一度、家に戻り、シャワーを浴び、ひげを剃った。伶子が差し入れてくれてた、サンドウィッチをかじって、また病院に。
楓の診察と昼食が終わるまで、外で待っていた。
……何を言えばいいのか、わからない。
安堵と怒り。もう頭の中がごちゃごちゃだ。
俺は、すうっと大きく息を吸った。
……そして、楓の病室のドアをノックした。
***
「気分は……どうだ」
やっと絞り出した声。
「は……い、大丈夫……です……」
楓がおそるおそる言った。落ち着かなさげに、身体をひねった。
……ん?
楓の首元から、銀の鎖が外に出た。
……え……!?
俺は目を疑った。手を伸ばして、楓のメダルを手に取る。
……完全な楕円形だったメダルが……
……半分、になっていた。
「お前……これ……」
声がかすれた。
「あ、の……これは……」
つっかえながら、楓が言った。
「あの火事の時……魔力が暴走して、どこかに飛ばされて……で、そこで会った男の子、にあげました」
「……」
「心を閉ざしてて……悲しい事があったのに、それを誰にも言えなくて……」
「……」
「また会える? って聞かれたから……」
「……」
「おばあちゃんが言ってたんです。このメダルは二つに分かれても、一つになろうとするから、どんなに離れてても、半分ずつお互い持っていれば、必ずまた会えるって」
「……」
「だから……また会う約束をしました」
「……」
楓……が……?
……あの時の『彼女』と
……完全に、重なった。
俺は、自分の首の後ろに手を回し、銀色の鎖を外して、楓の右手のてのひらに置いた。
その先についているのは……
……半分の、銀のメダル。
『大事に持っていて』
……そう、『楓』が言った通り……ずっと、大事に、持っていた。
……一つに戻ったメダルを見て
「え……え……ええええっ!?」
楓が驚いたような声を上げた。
「ど……うして……」
……呆然と呟く、楓。
……お前が、俺に渡したから。
『きっと、また、会える』
その言葉通り……また、会えた。
……だから、俺は、楓にこう言った。
「……薔薇の……」
「薔薇の……あざ、まだ背中にあるのか?」
……そう聞いたら、えっ!?、とびっくりしたような顔をした。
……やっぱり、楓、だ。
その事実に、呆然としていた俺の目に……窓ガラスに映る女性の姿、が入ってきた。
「お、おばあちゃんっ!?」
楓が叫ぶ。
「……楓の……『おばあちゃん』?」
呆然と、俺は言った。
「確か……亡くなった……と……」
ガラスに映った、楓のおばあちゃんは、今は魔女の村にいることと、このメダルのいわれ、について話してくれた。
『そのメダルはね、魔女が「自分の魔力と心の半分を、大切な人に捧げる」のに使うのよ?』
『そのメダルを渡すってことは……私と人生を共にして下さいって事。つまりプロポーズね、魔女の』
……プロポーズ!? 俺は目を見張った。
……楓が? 俺に?
当の楓は、どうも知らなかったようで、ビックリ仰天真っ赤になっていた。
……心の底から、強い想いが湧き上がってくる。
……お前は……俺のもの、だ。
だから、『おばあちゃん』に、こう言った。
「……楓の体調が良くなり次第、すぐ手配します」
「えええええっ!?」
目を白黒させてる楓にも、こう言った。
「……俺のファーストキスを奪って、プロポーズしたのは、お前の方だぞ」
その言葉で、真っ赤になった楓を、俺は見つめた。
……俺の魔女。もう俺から、解放されることはない。
……なにせ
……二十二年前から、俺は
……お前の事が、好きだったんだから。
<MoonLight*ShortStory 完>