この時代に剣客が現れて剣道部に入ってしまったよ。



又四郎と平賀は、警察道場に顔を出した。


小野忠明も珍しく剣道場に来ていた。



「毎日お前らの帰りが遅いから、暇をもて余して剣道場に来るようになっちまった。」


と言う理由だった。



遙は先に帰宅して、夕食の支度をする。



「で、又四郎。今日はなんだい?」


「うむ。平賀がどれ程上達したかを確かめたいと言うので、なら千葉周一殿の道場の門弟と手合わせすればと思ってな。」

「そうか。平賀も剣道部に入ったんだよな。」



平賀は終始落ち着かない様子だ。


「ま、又四郎君・・・。いくらなんでも警察官の人達が相手じゃ太刀打ち出来ないし、迷惑だよ・・・。」



「なんだ平賀。怖じ気づいたか?」


又四郎が平賀の肩を叩き言う。


「心配するな。胸を借りる積もりでやってこい。」



平賀は更衣室にビクビクしながら向かった。




「所で又四郎。どうだ?俺と稽古をしてみないか?」


忠明は又四郎に言った。


「ふん。また怪我をするのがオチだぞ。」

マンザラでもない又四郎は、忠明に顔を近付けて言う。



「あの時はガキかと思って油断した。サシなら負けんぞ。」


ハッタリでは無いようだ。
又四郎の顔付きが変わる。


「良かろう。平賀の稽古の前に、お主とやってやろう。」



かくして、防具を着けない又四郎と、面を外した忠明が道場で対峙した。


面白そうだと、審判を引き受けたのは、千葉周一翁。
千葉周作の孫であり、警察道場の師範である。



「では、古式の剣術試合に習い、参ったと言うまでの懸かり稽古を始める。」


「ではお互いに、礼!」

「始め!!」


老錬な剣客の合図で、二人の試合が始まる。



忠明は、下段に構えた。

又四郎は無構えである。


下段から掬い上げるように忠明の竹刀は又四郎へ蛇の様に伸びた。


下段からの二連突きである。


帯が舞う様にヒラヒラと、しかし鋭く繰り出された。



一重で後退し避けた又四郎。

忠明に言う。


「忠明殿。お主小野派一刀流を遣うのか?」


退きながら又四郎は体勢を整える。



「ああ。直系だ。小野って名字は伊達じゃ無いんだぜ。」


忠明は言う。


内心、あの突きをかわされるとは思って居なかっただけに、若干動揺した。



「ほほう。面白い。」


又四郎の目が輝く。
と、同時に片手面が忠明を襲う。


竹刀で受け、避ける。


袈裟に降り下ろされた竹刀は、更に逆袈裟斬りで降り下ろされる。


瞬間だった。


忠明の肩に竹刀が当たる。


「くっ・・・。」


忠明は呻いた。


「まだまだ!来い又四郎。」



忠明は斜めに切り上げた。


又してもかする事も出来ず、忠明の竹刀は宙を舞った。



無言のまま、気合を発する間も無く又四郎は突きを繰り出す。


胴にバシバシと命中する。

竹刀ではない鉛の棒で突かれたような重みのある突きだった。



又四郎の居合は、無構えから繰り出される。

攻撃の予測が立たない。

忠明は体勢を立て直すべく又四郎から離れる。



居合とは厄介だな・・・。
忠明は思った。


下段のまま、間合いだけを詰めて又四郎に向かう。


見事な足さばきは最後の一踏みで下段から中段へ突きとして流れる。


そして上段から面打ちに移行する。


小野一刀流の奥義。



踏み込んだ足が、一本目の突きを又四郎に放たれる。

流石の又四郎も竹刀で防ぐ他無い。


パチッと竹刀がぶつかる音がした。


二本目の突きが更に深く又四郎に突き込まれる。


体を横に向けて、かわす。


又四郎の胴着を掠めた。


忠明は竹刀を突いた状態から振り上げ、避けた又四郎に体を合わせて降り下ろす。



竹刀を上段に構え、又四郎は忠明の渾身の面を防いだ。



重い打突に、又四郎の防いでいる手が痺れた。



「これが一刀流奥義壺切りか・・・。」



又四郎は防いだまま呟く。


「久々にまともな小野派一刀流と手合わせをしたな。流石は直系。」



審判の千葉周一も、警官達も、準備を終えた平賀も、固唾を呑んで二人の稽古を見ていた。




「中西道場にやって来るイカサマ小野派一刀流とは、訳が違うな。」



忠明の一撃で使い物に成らなくなった竹刀を放り投げ、新しい竹刀に持ち変えて又四郎は言った。


「久々に野戦の剣術を使いたい相手に会ったな・・・。」



そう言った又四郎の声を誰も聞いていなかった。


ただ、そこに居た全員が、又四郎の体から発する闘気に道場内が呑まれるのを感じていた。



< 105 / 130 >

この作品をシェア

pagetop