この時代に剣客が現れて剣道部に入ってしまったよ。
再び向かい合う二人。
又四郎と小野忠明。
忠明が礼をして構えた瞬間だった。
眼前に竹刀があった。
竹刀はそのまま目の上を通過し、忠明の頭上に上がっていく。
自然に目で追っていく忠明。
忠明の頭上に達した竹刀は、光と共に降り下ろされた。
バシッ!
そのまま視界は暗転し、それから先の記憶が全く無い。
気が付いた忠明は、何が自分に起きたのか理解できないで居た。
「あれ?又四郎と試合してなかったっけ?」
誰に言うでも無く、口から出た。
「小野さん!気が付きましたか?良かった〜。」
警官の一人が忠明に近付いて言う。
「膝から崩れ落ちて、そのまま動かなくなった時は、死んでしまったかと思いましたよ。」
「はっ?俺、倒れたの?又四郎にやられたって事?」
頷く警官。
「千葉先生も、生きてきて初めてだったみたいですよ、目で追えなかったの。」
忠明は呆然とした。
え〜・・・。いい勝負してたじゃん・・・。
どんだけチートなんだよあいつ・・・。
心の中で忠明はドン引きしていたが、あの事件の後、ここまで回復している事に安心できた。
又四郎は、掛かってくる警官達を容赦無く打ち据えている。
平賀は、警官達に力で負けず、押され負けず、荒削りながらも一生懸命稽古をしていた。
「1ヶ月足らずで平賀はあんなに出来るようになったのか?」
忠明は感心していた。
二時間の稽古が終わり、後片付けをして清掃して帰る。
忠明は平賀を晩飯に誘うが、妹が待っているからと帰っていった。
忠明と又四郎は二人、家路を歩く。
「なあ、又四郎。所でお前は遙の事どう思ってるんだ?」
唐突に忠明は又四郎に聞いてきた。
「はっ!?なんだ急に!頭を打って馬鹿になったか!?」
「ほほ〜、お前でも動揺する事が有るんだな。」
「ぬ、ど、動揺などしておらん!貴様が変な事を言うから、少し、アレだ、驚いただけだ!」
「なあ、又四郎。俺はお前と遙が行く行くは一緒に成っても、構わないと思ってるんだ。」
「・・・。」
「あいつも色々あって、俺の事を慕ってくれてはいるけど、本当の家族の事もいずれは話さなきゃならないしな。」
「又四郎、だからお前になら遙を任せても良いと、俺は思っているんだ。」
「・・・。」
「お前が何で此処に来たのか、俺は良く解らないが、たまたまとか、偶然で俺達と出会った訳じゃ無いんじゃないかって、ずっと考えていたんだ。」
「・・・。」
「だからな、又四郎。少し考えてみてくれないか?」
「・・・。忠明殿。わしは剣客の根無し草。死に場所は路傍の石ころのように野垂れ死ぬ身。というか、雷に打たれ死んだ身。
今さらあの世で所帯を持つなどと考えられぬ。
この地獄でお主達に、有り余る恩義を感じているのは確かだが、あの様な清廉な娘をわしに与えるのは勿体無い。
願わくは、遙殿が心から好いた男子と夫婦に成るのが道理であり、幸せな事なのだ。」
「又四郎・・・。難しくて何を言っているのかわかんねぇよ。」
「なっ!?お主・・・。わしは今かなり良い事を言ったんだぞ!やはり頭を打って、馬鹿に成り果てたな!」
「んだよ!バカバカ言いやがって!お前こそゴザル言葉の原始人じゃねぇか!難しい事を言って、煙に巻こうって気か!?」
「おのれ、言わせておけば!さっき手加減などせず殺しておけば良かったかもな!!」
「なっ!警察官に向かって殺すだと!恐喝だな!逮捕だ逮捕!又四郎、大人しく幕に付け!」
「ふん!捕まえられるものなら捕まえてみろ!」
「もう、二人とも、こんなに遅くまで何やってたの!!」
遙は二人の帰りを待ちわびて、近くまで迎えに来ていた。
「おっ!遙!」
「遙殿!」
二人の声が弾む。
「聞いてくれよ遙!又四郎のやつが俺をいじめるんだよ〜。」
「遙殿!この男はわしを投獄しようとしたのですぞ!!」
二人はいっぺんに遙に話し掛ける。
「もう、解ったから!家に帰ったら聞いてあげるから早く帰ろう。」
二人の手を引きながら歩き出す遙。
「又四郎、考えておいてくれな。」
忠明は小声で又四郎に言った。
又四郎は、ただ、黙って遙を見る。