この時代に剣客が現れて剣道部に入ってしまったよ。
「ねぇ又四郎。沖田君と勝負して勝てると思うの?」
不意に遙が又四郎に聞いてきた。
「ああ。闘う以上は勝つ。」
「本気でやるの?」
「うむ、沖田次第だな。あやつ、初めて本気になったようだ。」
「演技はどうするの?」
「あ、芝居の事か。確か遙殿を掛けて闘うとか言うやつだったな。果たして上手く出来るか心配だな・・・。」
「あの・・・。」
「ん?なんだ遙殿?」
「そこの部分は本気じゃないんだよね・・・。」
「ん?そこの部分?」
又四郎は考え込む。
はっ!?と、気付く又四郎。
「そ、そう言う事か・・・。」
顔と耳を真っ赤に染めて、又四郎は黙り込んでしまった。
「又四郎!黙らないでよ・・・。恥ずかしいじゃない・・・。」
「あ、ああ、すまぬ。芝居とは言え、遙殿に対していい加減な事は言えん・・・。」
「ああっ!もういいよ。やっぱり、乙女か未来にやってもらうよ!ね、又四郎、そうしよう?」
「・・・。いや、待ってくれ遙殿。」
「えっ?」
「その、なんだ、えっと・・・。」
「芝居の部分も含めて、沖田には、その、なんだ、ゴニョゴニョ・・・。」
「又四郎?」
「わしは、とにかく負けぬ!!沖田には負けぬ!」
又四郎はそれだけを言うと、家から飛び出していった。
「あっ!又四郎!どこ行くの!」
忠明とぶつかる又四郎。
「おっと、なんだ又四郎?コンビニか?」
又四郎は無視して表に走って出ていく。
「又四郎っ!」
遙も追いかけて玄関まで来るが、又四郎はもう豆粒のように遠くまで走って行ってしまった。
「又四郎!」
忠明は一言、
「なんだ、青春してるじゃん。」
と、呟く。
又四郎は自然と襲撃を受けた神社に足が向く。
境内の杉の木が御神木として、昔と変わらず今も残っているからかも知れない。
石段に腰を下ろして、ボーッと街を見下ろす。
一つ一つの灯りに、人の営みがある。
良いことも悪い事も含めて、人が生きている。
自分が生きていた場所よりも、はるかに明るいこの地獄(現代)は、今までの場所と違い、更に多くの清濁を呑み込み膨れ上がって居るのだと感じる。
ハルに逢いたい・・・。
又四郎はふと思った。
あの笑顔にもう一度逢いたい・・・。
強い風が、境内を吹き抜けた・・・。
杉の葉擦れの音が、耳に届く。
ザザザ〜・・・。
−傍に居るよ・・・。−
確かに聞こえた。
聞き覚えのある優しい声だ。
脱藩し、江戸に来る前に聞いた風間ハルの優しい声だ・・・。
知っている声に似ている。
良く知っている声に似ている。
それきり、ハルの声は杉の葉擦れの音だけになった。
又四郎は石段に座り続けた。
「あれ〜又四郎君?どうしたの〜こんな時間に。」
石段の下から不意に又四郎を呼ぶ声がした。
声の主はカナだった。