この時代に剣客が現れて剣道部に入ってしまったよ。
カナは又四郎に気が付いて、石段を登って来る。
「なんだ、カナ殿。こんな時間に若い娘が物騒な場所に来て。」
「ふふふ。又四郎君にとっては因縁の場所だものね。」
実はカナはちょくちょく神社に来ていた。
又四郎が素振りをしているかも知れないと期待して、ランニングの途中、立ち寄るようにしていたのだった。
「石段に座って黄昏ちゃって、何かあったの?」
カナも又四郎の隣に腰を下ろした。
「ふむ・・・。実は先ほど・・・。いや、何でも無い・・・。」
「なに?話してよ。それとも、私には話せない事?」
「いや、別に話せない事では無いのだが、いささか話しにくい事で・・・。」
一瞬カナは遠い目を又四郎に向けた。
そして、胸にチクッと痛みを感じながら続けた。
「遙の事でしょ?」
そう言って、ほんの少し後悔した。
「ぬ!?何故解る?カナ殿は心が読めるのか!?」
カナは溜め息をついて又四郎に話し掛ける。
「そう、読めるの。又四郎君の心なんて、すぐにね。」
又四郎は、先ほどの遙とのやり取りについて、カナに話した。
「ふ〜ん。で、又四郎君はどうしたいの?」
カナは鋭い眼光で又四郎を見つめる。
「それが解れば苦労せん。」
余りにもカナの強い眼差しに、さすがの又四郎も、思わず眼を逸らして言う。
「なんだ〜。もう、答えは出ているじゃない。」
ん?と、又四郎はカナを見る。
「それほど考えて、苦悩しているって言うのは・・・。」
カナの心が、ズキッと痛む。
「遙の事が大切で、大好きって事なんじゃないのかな?」
カナの大きな瞳から涙が一筋、流れ出す。
「か、カナ殿!どうした!?何処か痛むのか!?」
又四郎は狼狽する。
「うふふ。体はどこも痛くないよ。」
瞳から涙がどっと流れ出す。
「ねぇ、又四郎君・・・。家に帰って、遙の傍にいてあげて・・・。」
「カ、カナ殿?」
「ねっ。お願い・・・!!」
カナは語気を強めた。
又四郎は狼狽しながらも立ち上がり、何度もカナを見ながら石段を降りて行く。
「又四郎!私は大丈夫だから、早く帰りなさい!!」
カナは諭すように、自分の気持ちを悟られぬように、又四郎に言葉をぶつけた。
又四郎が去った神社の石段で、カナは涙を流した。
涙は、止めどなく溢れては石段に吸い込まれ消えていく。
誰にはばかる事無く、声を出して、泣いた。
すっと、カナの元にタオルが渡された。
「・・・。ずっと、見てたんでしょう・・・。」
泣き濡れたカナに、タオルを渡したのは、沖田だった。
「うん。悪いけど、一部始終・・・。」
沖田は、又四郎とカナが来る前に神社に来ていた。
沖田もまた、夜の散歩の途中に神社に立ち寄るのが日課になっていた。
沖田が帰ろうとした時、又四郎の姿が見えた。
ふと、沖田は反射的に社の影に隠れた。
沖田の気配にも気付かず、又四郎は物思いに耽っていた。
何故か出るに出られない沖田は、社の影にしばらく身を隠していた。
すると、カナも現れた。
本当に偶然だったが、沖田は更に二人の前に姿を出すタイミングを逃した。
「別に盗み聞きするつもりは無かったんだけど・・・。ごめん。」
「あ、謝らないで良いよ。なんか、恥ずかしい・・・。」
「タオル、ありがとう。助かった・・・。」
「あ、ああ。」
「で、カナ。又四郎の事がそんなに好きなの?」
「・・・・・・。」
「うん。好きかな・・・。少なくとも、泣いちゃうくらいには・・・。」
「それ、かなり好きって事だよね・・・。」
カナは、泣き腫らした少女の顔を沖田に向けて言う。
「うん!大好き!!・・・。うえぇ〜ん・・・。」
そのままカナは、また泣き出した。
「こんな時にアレだけど、俺も、小野遙君の事が好きなんだ。」
「そんなの、しってるよ〜うわぁ〜ん・・・。」
泣きながら、カナは答える。
「えぇっ・・・。知ってたの・・・。幼稚園の頃から好きだったのを・・・。」
沖田は珍しく慌てた。
「しらないよ〜っ、て言うか、どれだけ片思いなわけ〜うわぁ〜ん・・・。」
カナは泣きながら沖田と会話していた。
照れくさそうに、沖田は言う。
「カナ。俺は又四郎に勝つ。で、遙君に告白する。」
「うぅ、遙は、又四郎君の事、好きなのに?」
「ああ。又四郎と決着を着けて、片思いとも決着を着ける。」
「沖田君は何も良いこと無いじゃない。ヒック。」
「いや、そうじゃないさ。遙君に俺の存在と気持ちを、ちゃんと気付いて貰える。」
遙にとって、幻の同級生だった沖田総一は、実は幼稚園の時に既に会っていた。
無論、その当時の記憶は遙には無かったのだが。
「ようやく、全力でぶつかれる同級生と、その同級生が結んでくれた幼い時に閉じ込めた自分の恋心を、文化祭で全てぶちまけたい。」
カナは驚いた表情を、沖田に向けた。
「沖田君・・・。すんごい自己中だったんだね。」
「ああ、本当の俺は周りが本気で引くほど、傲慢なエゴイストだ。」
沖田はカナに、今まで見せた事の無いヤンチャな笑顔を見せた。
それぞれの心が解放されたこの夜、又四郎を取り巻く全ての人達の歯車が、大きく回りだした。
うわべだけでは無い、それぞれの剥き出しの感情の歯車が回りだした時、全ての答えが導き出されようとしていた。
文化祭まで1週間。