この時代に剣客が現れて剣道部に入ってしまったよ。



剣道同好会のステージは、時間抽選の結果、2日目のオオトリである最後に決まった。


くじ運が強い伊東乙女様様だった。



だが、この順番によって、平賀と瀬戸は猛烈な緊張感に襲われた。


遙も、沖田も、二人の気持ちを解きほぐす事に尽力した。


退部し、剣道を離れたとは言え、元の部員が60名近くも居る状況と、文化祭クライマックスの重圧に二人は押し潰されそうになりながら、無我夢中に殺陣の練習は続く。



一部は、大方固まりつつあった。

又四郎の人間離れした身体能力で、平賀が普通に横に払っただけでも、派手に倒れる。

沖田も、攻撃にバリエーションを付けて、前転しながら攻撃をしたり、回転しながら登場したり、さながらワイヤーアクションの様だった。


女子は打ち合いがメインになる。


受け流しや、体さばきなど女子らしく美しい所作で魅了する。



二部目については、動きだけの練習だった。


立ち位置と、台詞の確認。

又四郎と沖田は未だに1度も手合わせをしない。

又四郎は望まず、沖田も行わず、二人は本番まで闘いに関しては何もしない様だった。



遙に対する想いは、あくまで演出上としてはあるが、二人はそれぞれ心の中に、本音をしまいこんでいた。



遙も、それ以上は考えず、平常心で皆に接していた。



剣道同好会の練習は遅くまで続いた。



練習の帰りに平賀は、又四郎と沖田を食事に誘う。


二人は快諾して、いつもの定食屋に向かった。


女子は、皆先に帰る事になり、定食屋の前で別れた。



又四郎はここのチャーシューめんが大好物で、迷い無く大盛りを頼む。

正油ベースのあっさりとしたいわゆる昔ながらの鶏ガラチャーシューめん。

ちぢれた麺に、スープが良く絡む。

シナチクは軟らかく、スープをふんだんに含んでいる。
口の中に入れて噛んだ瞬間、そのシナチクとラーメンのスープが一緒に拡がり、芳醇な味が口の中を駆けて、喉から胃袋へと迷い無く走り抜ける。
そこに焼豚を放り込み、甘じょっぱく味付けられた煮汁と肉が口の中でとろけて、シナチクを追う。

コショウを軽く振ってあるほうれん草がメリハリをつけ、ラー油を数てきたらしたナルトがバリエーションを増やす。

麺を味わい、スープをある程度飲めば、海苔に寄り添うようにネギが隠れている。

底に沈んだ具材と一緒に、海苔を口に運ぶ。

又四郎のラーメンはここで完結するのだった。




「しかし又四郎君は、ラーメンを美味しそうに食べるよね。」


「平賀、チャーシューめんな!」


「きっと又四郎君に食べられて、ラーメンも喜んでるよ。」


「平賀、チャーシューめんな!」


「所で平賀君。改まって3人で定食屋に来るなんて、何かあるのかな。」

沖田は平賀に聞く。


「うん。殺陣の舞台の前に3人で話しておかなきゃならないかなって思った事があって。」


「なんだ平賀。回りくどいぞ。」

爪楊枝を歯にあてながら又四郎は言う。



「又四郎君と、沖田君は二人とも小野さんの事が好きなんだよね?」




・・・・・・。




二人は固まる。



「まあ、見ていれば解るよ。」


平賀は水を飲む。


「二人が闘う事も楽しみにしているのは解る。今まで1度も手合わせしていないんだから。」


固まったままの二人。


「演出上、小野さんを射止めるナイトは一人だけど、実際はどっちが小野さんに気持ちを伝えたって良いんだからね!」



二人は理解した。



舞台の勝ち負けで、どちらかが自分の遙に対する気持ちに蓋をする口実にはしないでくれと、平賀は言っている。


つまりは、自分の気持ちを偽らないで欲しいと言う事なのだ。



「平賀よ。お主の気持ちは解った。そして、今、わし自身の気持ちも定まった。」



「うん。平賀君。君の言う事は正しい。理解したよ。」



又四郎と沖田は、正面からお互いを真っ直ぐに見る。



又四郎は言う。

「だがな、平賀。勝負は勝負。」


沖田が続ける。

「負けた方は敗者の美学に殉じて、己れの気持ちは押し殺す。」


二人は一緒に言う。



「それが武士(もののふ)の道なり。」




今度は平賀が唖然として、呆れる。

「ああ・・・。それじゃあ、小野さんの気持ちはどうなっちゃうのさ・・・。今は、お互いの気持ちが尊重される時代なんだよ・・・。」


頭を抱えて一人、平賀は呟いた。



【男なら一度は言ってみたい武士道の台詞】を、シンクロした又四郎と沖田は握手をしている。



「勝った方が遙殿に、自分の気持ちを伝える。それで良いな。」


「ああ。構わないさ。やるからには負けないぜ。」



こうして、ウヤムヤのままだったお互いの気持ちをきちんと確認し、二人は文化祭に向けて一つに成った。



「あ、彼女からメールだ・・・。」



平賀が不意に口走った。


握手をしながら、顔だけを平賀に向けた二人。



「あ、良い忘れてて悪かったんだけど、
私、平賀新一は、瀬戸未来さんとお付き合いする事に成りました!
実は今日、その報告をしようと思って、二人を食事に誘ったんだった・・・。」



その発表の結果、

地獄の鬼とは、こう言う顔をしているのだなと、平賀は思い知らされる事に成るのだった。


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