この時代に剣客が現れて剣道部に入ってしまったよ。
「遙殿。六文銭をお持ちではないか?」
不意に、又四郎は遙に言う。
無論、遙は意味が解っていない。
「六文船賃と言って、三途の川の渡し賃なのだ。」
そう又四郎が遙に説明をする。
「うんと、六文が今の貨幣価値にしていくらなのか分からないんだけど・・・。」
当惑する遙。
「左様か。確かに六文など何処の店にも値札は見ぬな。」
「あの、真ん中に穴が開いているお金でも良いかな?」
「ん?そうじゃな。奪依婆も今の銭なら珍しがって渡してくれるかも知れぬ。」
遙は五円玉を6枚集めてきた。
「どうかな?」
又四郎に聞く。
又四郎は五円玉を3枚3枚で並べて置く。
「おおっ!金色の銭か。これは六文どころではないな!一体幾らになるんだ?」
「・・・。さ、30円だよ・・・。」
「な、何!30文!これが6枚でそんなになるのか?」
驚いた又四郎は深々と遙に頭を下げた。
「かたじけない、遙殿。これで沖田と闘って死んだとしても、三途の川で釣りが貰える。」
「ちょっと!物騒な事言わないでよ。死ぬわけ無いでしょ!」
はっと、何かに気付いた又四郎。
「そうであった!わしらは既に死んでおった!」
又四郎の言葉に、遙は思わず吹き出して笑った。
又四郎も笑った。
遙の笑顔は、まさに風間ハルそのものだった事に気付いた。
「では、この銭を首からこう下げて、どうだろう?」
革紐に五円玉を通して、又四郎は首にかけた。
チャラチャラと音がするが満足そうだった。
「明後日の文化祭で、沖田と闘うに辺り、一つ玄担ぎだ。」
又四郎は遙から貰った五円玉を、嬉しそうに眺めた。
「又四郎、あのね・・・。」
言い掛けたが、遙はためらった。
「明日から文化祭本番だから、早く休もうね。」
「ん?ああ。いよいよ忙しくなるな。」
二人は自分の部屋に戻った。
明日は学校に泊まる。
クラスの出し物は、遙も又四郎も皆違うが、剣道同好会は一緒に行う。
最終的な詰めの為、学校に宿泊し、本番に望む。
中々寝付けない遙は、夢を見た。
田畑があり、古い家が見える。
誰かの手を引いて何処かに向かっている。
手の感触は、何故か懐かしい。
小川を歩き、目指しているのはどうやら池のようだ。
池には無数の蛍。
暗い池の畔に、空へ向かって伸びる光の柱。
見上げると眩い星空。
手を引いてきた誰かとはしゃぎながら、空を眺めていた。
幼い記憶。
それでも忘れられない記憶。
浴衣と着流し・・・。
楽しかった夏の夜。
忘れられない手の温もり・・・。
・・・。
「・・・。るか!」
「遙!起きろ!朝だぞ!!」
目を覚ますと、忠明が遙を起こしに来ていた。
「珍しいな。お前が寝坊なんて。」
「あれ?又四郎は・・・。」
「あいつならとっくに学校に行ったよ。お前を寝かせておけって言ってな。」
遙は慌てて起きて時計を見た。
まずい時刻に成っていた。急いで準備をする。
玄関を出る。
晴天だ。
雲一つ無い。
こうして、彼等の彼女達の文化祭は幕を開けた。
人生でたった一度。
高校一年生の文化祭が、今、始まるのだった。