この時代に剣客が現れて剣道部に入ってしまったよ。
「あれが魔剣、正眼音無の構えか・・・。」
千葉が一人囁く。
「千葉先生。その音無の構えとは?」
校長は千葉に聞いた。
「私も詳しくは解らないんですが、周作じいさん曰く、不動の斜め正眼と言って、相手が仕掛けるまで決して動かないと言う構えだそうです。」
「ほう、そんな構えで強いんですか?」
「打つに打てないまま構えていると、相手の刀が体に消えると言います。つまり、刀の先端しか見えない状況で、無刀に見えると錯覚を起こすのでしょう。詳しくは対峙しないとわかりませんが。」
「は、はぁ・・・。」
校長は理解できていない。
「高柳君の凄まじい胆力が在っての構えと言う事です。」
「それに沖田君の構えも面白い。立身流の斜め下段。通称・逆流れですね。」
「さかながれ?ですか?」
「あの構えは攻守に特化した技です。獣を仕留める為の構えと言われていて、刀が相手に見えにくく、懐深くに相手を誘い込み切り上げる。
攻め手は切り上げからの三連突きです。」
「おお。それは解りやすい。」
「警察の剣術は、元々立身流が最初なんですよ。」
校長と千葉は二人の試合を何故か解説して、ますますのめり込んでいく。
沖田と又四郎は、竹刀を構えたまま微動だにしない。
会場はただならぬ緊張感に包まれ、咳一つ起きない。
袖に控えている3人と遙は、目の前で繰り広げられる死をも予感させる二人の闘いに魅せられ、酔っていた。
恐らくは、その会場に居る全ての人は、武術の真髄は殺し合いである事を、本能で理解するのである。
じっとりと沖田と又四郎の顔に脂汗が滲む。
張り裂けそうな緊張感と互いの圧力。
経験した者には解るかも知れないが、同じ体勢で、しかも極度の緊張状態で立っていた場合、身体中の血の気が引き、体が酸欠状態になる。
貧血のようになり、体全体が酸素を欲する。
急激に呼吸をする事で、脳に大量の酸素が血液と一緒に送り込まれる。
この時、脳が一時的に快楽物質を発生させ、意識が遠退く。
それは時間的には一瞬かも知れないが、神妙の域にまで自分を高めた達人は、その一瞬の隙を見逃さない。
達人ほど、呼吸が安定し、長い時間姿勢を保てる。
そこには体勢を持続する胆力が大いに関係し、胆力を鍛え上げてこその達人の所以だった。
沖田は又四郎を観察するに辺り、まず呼吸に注目した。
呼吸を見る事で、相手の癖が解り、動きが解る。
沖田の天才たる資質が成せる学習だった。
二人の不動の沈黙を破ったのは学校のチャイムだった。
キンコンカンコン・・・。
キンコンカンコン・・・。
チャイムが最後の号砲と成る。
二人の決着が付く時が来た。