この時代に剣客が現れて剣道部に入ってしまったよ。
【今年の織田高校文化祭・ステージ発表の部最優秀賞は・・・。剣道同好会の公開演武です!】
会場からは惜しみ無い拍手が剣道同好会に贈られる。
平賀と瀬戸は代表して賞状を貰う。
「ありがとうございました!」
会場に手を振る二人。
あの演武の興奮が未だに覚めやらない講堂は、お祭り騒ぎのまま文化祭の幕が下りる。
後夜祭が始まる前に、沖田は帰る事にした。
又四郎と遙が眠っている隙に保健室を出る。
沖田は寂しい気持ちと、爽やかな諦めを込めて、二人に小声で言った。
「俺のわがままに付き合ってくれて、ありがとう。」
肩の痛みを、苦笑いで誤魔化しながら帰って行った。
乙女は自分のクラスに戻り、平賀と瀬戸はフォークダンスを踊りに行った。
又四郎は保健室で休み、遙と一緒に眠っていた。
先に目を覚ました又四郎はキャンプファイヤーを囲み、踊る生徒達を見ていた。
文化祭の夕暮れの校庭は、長く延びた影が揺らめき、いつもの放課後とは違う雰囲気を醸し出している。
「・・・。又四郎・・・。」
遙が寝言で又四郎の名前を呼んだ。
「あの蛍は何処に飛んでいくの・・・。」
変わった寝言を言うなと、又四郎は思った。
「父上様に虫籠を作ってもらったの・・・。」
・・・。
「露草の葉を籠に入れて・・・。」
遙殿は何を言っているのだろうか・・・。
蛍の虫籠とは、風間正元先生が幼い頃よく作ってくれた物だ。
突然、遙の目から涙が流れ出した。
「又四郎・・・。ずっとあなたが好きでした・・・。」
「!?」
間違いなかった。
ハルと最後に交わした言葉だった・・・。
忘れる事は無い。
あの深い悲しみと喪失感が激情と共に蘇った・・・。
「ハル殿!!」
又四郎は思わず遙の手を握り締めた。
そして自分の元へ引き寄せ、強く抱きしめた。
ミゾオチの痛みを忘れ、遙を抱きしめた。
「わしも・・・。
わしも・・・。
わしもそなたを、ずっとずっと好いていた!!」
長い間言えなかった言葉。
、心の奥底に閉じ込めた想い。
その全てを、心の雫の一滴まで吐き出した。
又四郎は何故か、遙にハルの面影を重ねた。
「ま、又四郎・・・?」
遙は目を覚ました。
何故又四郎に抱き締められて居るのか解らなかった。
しかし、抱き締められたその感覚は何故か懐かしさと、温かさが満ち溢れていた。
ずっと昔、こう抱き締めて貰いたかったと言う記憶。
そして、やっと抱き締めて貰えたと言う満たされた気持ち。
不思議な感覚が、遙を包み込んでいた。
遙は又四郎を抱きしめ返す。
ギュッと力を込めて、大切に抱きしめ返す。
二人は保健室のベッドの上で、いつまでも抱きしめ合った。
又四郎が、遙に顔を近付ける。
遙は目を閉じて、唇を又四郎に預ける。
数百年越しの、叶わなかった愛の結実が、口付けという真心の形として、交わされる。
夕陽が二人を深紅に染めた。
瞬間・・・。
又四郎は跡形もなく忽然と消失した。
一瞬で、何も語る事無く、消えてしまったのである。
残された遙は一人、保健室のベッドの上で、又四郎が眠っていた場所を見つめている。
唇には、又四郎の熱い温度と、
両腕と体には、又四郎の温もりが、
鮮明に、忘れる事無く残っていた。
何よりも、突然霧の様に消失した彼との半年間の忘れられない思い出が、遙の心に深く刻まれていた。
一人呆然と保健室のベッドに佇む遙は、一つの物語の終わりを感じた。
一筋の涙が、夕陽に照らされて光る。
遙は声の限りに泣いた。
失った寂しさと、気持ちを聴けた嬉しさとを何度も繰り返し、又四郎が眠っていたベッドに顔を埋めて、いつまでも泣いていたのだった・・・。