この時代に剣客が現れて剣道部に入ってしまったよ。
大石進とは、幕末に活躍した武芸者である。
苛烈な修行に身を投じ、技を磨いた努力の剣客は、江戸で大石旋風を巻き起こすほどの有名な剣客だった。
ある時、道場を訪れた高柳又四郎と勝負を行う事になった。
道場に門弟がいない状況の、非公式試合として大石進は勝負を受けた。
最初の勝負は木刀だった。
長い木刀を操る大石進は、その長さを活かした、独特の突き技に真髄を見出だしている。
対して高柳又四郎は短い木刀を構える。
小太刀程の木刀だ。
構えた二人は、一時間程そのままだった。
最初に仕掛けたのは大石進の左片手突きだった。
常人の眼には見えないほど鮮烈な二段突き。
その二発目を又四郎は容易く脇で押さえ込み、小太刀木刀を、肩に叩き付けた。
大石はなす統べなく、膝を板間に付く。
その日はすぐに道場を後にした又四郎。
後日、又四郎の元に手紙が届いた。
木刀ではなく、真剣にて勝負をしたいと、大石より再戦の申し出の内容だった。
又四郎は了承する。
もとより真剣でなければ剣客の真髄は体現できない。
しかし、当時の大概の武芸者と剣客は真剣勝負を行わなかった。流石に命が惜しいからだ。
勝負の日、荒れ寺の境内に頭巾で顔を隠した二人が現れる。
会釈を交わして、二人は対峙した。
お互い命懸けの勝負になる。負けたなら、絶命する。
その当たり前の状況を、二人は望んでいた。
剣客の性なのだろう。
大石進は長尺の長剣を正眼に構える。
普通の刀の間合いよりも遥かに遠い間合いを取る。
高柳又四郎は無手のまま刀も構も出さない。
荒れ寺の境内で、敷石が鳴るのが合図だった。
ガタッ。
長い刀から左片手突きが繰り出される。
木刀の時よりも速い。
しかし、又四郎は間合いを詰め、刀の鍔に刀の柄を当て左手で、大石の長剣を抑え込む。
瞬間、短刀が又四郎を左下から斜めに切り上がって行った。
又四郎から鮮血が噴き出す。
「ぐっ。この切り上げがお主の奥義か・・・。」
又四郎は倒れる。
そのまま、道場へ連れて行かれた又四郎は大石達の手厚い看病により、一命を取り止め、傷口は絹糸で縫いあわせられた。
又四郎は、短刀が迫る瞬間、僅に身を引いて何とかかわしたのだ。
それに気が付いた大石は、弟子達に事の子細を話して伝えた。
やがて息子や孫にもこの時の話は伝わり、ひ孫の監察医の大石次郎にも話が聞かされていたのだった。
その話が「高柳又四郎に試合に勝ち、勝負に負けた。」と、言う話だった。
又四郎は大石が放つ必殺の奥義を身を以て体現し、傷と共に吸収した。
特異な体質である高柳又四郎は、身を以て受けた技に対して二度とその技に敗れる事はなかった。
感覚的にその技に対する受け流しが頭に構築されていく。
死に瀕した状況であっても、復活さえすれば更に強くなっていく。
それが高柳又四郎と言う剣客である。
解説が長くなり読者諸兄には申し訳無い。
ひとまず検査を終えた又四郎は、小野忠明の家に居候する事になる・・・。
手繰り寄せられた不思議な縁に、今はまだ誰も気付いては居ないのだった。