この時代に剣客が現れて剣道部に入ってしまったよ。
身体検査が終わり、小野家に戻ってきた又四郎であったが、忠明が仕事に行き、遙が高校に登校した後は、家で一人ぼっちになってしまう。
未だにこの地獄(現代だが又四郎は死んだと思っている)の全てがよく解っていない。
喋る四角い箱(スマホ)
人が閉じ込められ笑ったりする四角い箱(テレビ)
乾いたナマコを握り、操る四角い箱(パソコン)
勝手に熱くなるカマド(IH)
水を汲みにいかなくても水が出る金具(水道)
喋る風呂釜(エコキュート)
壺がない便器(水洗トイレ)
挙げたらきりがないほど不思議に包まれた地獄。
何より行灯など使わなくても夜が明るいという怪奇。
街には百鬼夜行の行列。言葉も文字も地獄の文字なのだろう。
ただ、又四郎と同じ格好の人間は、四角い箱の中にしか居ない。(時代劇番組の事)
不思議な事に、又四郎に対して全くの無関心な地獄の住人達に驚きを隠せなかった。
家に在った鬼の金棒(金属バット)を持ち、近所の公園に素振りに行く又四郎。
素振りと言っても、野球のアレではない。
裸足で地面に立ち、呼吸を整え居合い抜きを行う。
何度も何度も。
公園には様々な人が居る。
子供連れの母親や、老人、サラリーマン。皆が公園で憩う。
鬼気迫る表情でバットを振る又四郎。
勿論、誰も寄り付かない。
ヒソヒソと奇異の目で噂する公園の人々。
物ともせず、無心にバットを抜き振るう。
汗が飛ぶ。
高校生が学校にも行かず、着流しを纏い、素足で金属バットを振り回す姿は、さながら普通の人間にはまるで見えない。
何か頭にややこしい事情があるのか、はたまた、気持ちが極端に不安定なのか。
そのように又四郎は見られている。
公園には、やがて誰も居なくなった。
「この金棒は重心が刀と違い、いささか振りにくいが、鍛練にもってこいだな。」
又四郎は満足そうに金棒を見つめ、やがて又居合の抜刀を意識し、バットを振る。
又しても、サイレンの音が公園に近づいて来る。