この時代に剣客が現れて剣道部に入ってしまったよ。
正眼の二人は互いに動かない。
じっとりと千葉周一の額から汗がにじみ出てくる。
又四郎は表情も変えず、飄々と構える。
千葉周一は気合いを発し、呑み込まれそうな又四郎の気迫から逃れようと自分に渇を入れる。
その気合いは、七五歳の老人の物ではなかった。
気迫で道場の壁が鳴るほどだった。
最初に仕掛けたのは千葉だった。
正眼から構えを下げ、下段から切り上げつつ間合いを詰め、袈裟斬りに3歩踏み込み、三段突きを又四郎に繰り出す。
三番目の突きが又四郎の胸部を霞める。
足を引きながら全ての打撃をかわし、竹刀を千葉の顔に突き立てる。
一撃の突きを放つ又四郎。
かわす千葉。
瞬間、又四郎は体当たりで千葉の体勢を崩し、足払いで千葉を床に倒す。
倒れた千葉が立ち上がろうとする瞬間、肩に強烈な一撃を食らわした。
「うぐぐっ・・・。み、見事。」
千葉はかろうじて声を絞り出した。
一瞬の出来事だった。
七五歳の老練は、精根を絞り出すが如く、仰向けに倒れた。
「はぁはぁ・・・。さぞ、名のある剣客とお見受け致します。お名前をお聞かせ願えないでしょうか。」
千葉は仰向けになりながら言う。
「流石は千葉一刀流。竹刀であっても切れがある打突だ。」
「千葉周作も実に見事な使い手だったが老人よ。お主も中々の手練れよ。」
そう千葉を激励して、名乗る。
「わしは高柳又四郎。中西道場師範だった。」
千葉周一は耳を疑う。
まさかこの少年が祖父をもって高柳又四郎以上の剣客は居ない。と、言わしめた、あの高柳又四郎だと言うのか?
「ほ、本当ですか?」
千葉は聞き返した。
「ああ、先日雷に撃たれお主と同じくこの地獄に落ちた。
しかし、千葉程の善行を成した剣客ですら地獄に落ちるのだな。
かなり、厳しいのだな、地獄の沙汰は。」
千葉は合点が行かない。
なぜ、死んだと言っているのか。
むしろ、なぜ高柳又四郎が現代に転生しているのか。
しかも、こんな少年に成っているのか。
不可思議な事になった。
「老人。まだやるか?」
「はっはっはっ。いやいや、もう結構です。流石に老体には辛いです。」
「そうか、残念だ。」
「これから若い連中が来ますので、稽古をつけてやって下さい。」
又四郎の表情が輝く。
「そうかそうか!それは楽しみだ。」
又四郎は千葉の手を引いて起こす。
「この地獄に来てからの鬱憤を、久々に晴らしてくれようぞ。」
又四郎の顔は悪そうにニヤける。
千葉はゾッとして、苦笑いする。