この時代に剣客が現れて剣道部に入ってしまったよ。
学生服は詰め襟だ。
学ランと言うやつだ。
有名な進学校の織田高校。
スポーツにも力を入れている学校でもある。
特に武道関係には全国レベルの高校生が多々いる。
遙は春から高校に通い、今は7月になる。
又四郎はスポーツ特待生として、織田高校に入学を許可された。
警察の剣道指導者代表の、千葉周一の推薦状があれば大概の高校に入れる。
千葉は喜んで推薦状を書いた。
織田高校としては又四郎の入学を喜んでいた。
警察からの推薦状が出る高校生など、滅多にいない。
「いや〜又四郎。決まってるな。」
「黙れ閻魔の下僕が。」
「まあまあ、そう言うなよ。今日から高校生なんだから、学校では行儀よくするんだよ。」
笑いながら忠明は茶化す。
「さあ、又四郎!学校に行こう!」
遙が又四郎の手を引く。
「じゃあ兄さん行ってきます!」
又四郎と遙は学校へ向かって走り出した。
「さて、俺も仕事に行くかな・・・。」
忠明も仕事に向かった。
又四郎は下駄を履いていた。
靴にどうしても馴染めなかった。
下駄は下駄でも鉄下駄だ。
一個で五キロある。
駅についた又四郎。
「遙殿、どのようにすれば良いのか?」
定期券は遙が購入していたが、又四郎は使い方が解らない。
遙に聞きながら、ようやく改札を抜ける。
ホームも解らないので、遙の後ろに従う。
「遙!おはよう。怪我、もういいの?」
声をかけてきたのはクラスメイトの市井カナだった。
市井は遙の中学時代からの友人だ。
「あれ?後の彼は今日から来る事になってる高柳又四郎君?たしか、忠明さんのお姉さんの息子さんだって言う?」
「あ、う、うん。そう。」
遙は返事を濁らせた。
「それにしても又四郎君の格好!学ランに下駄なんて、漫画から抜け出てきたみたいね。」
又四郎は笑いもしない。
「あれ、私失礼な事言っちゃった!?」
カナは慌てた。
「あ、違うのカナ!又四郎はこう言うキャラなの!ね、又四郎!」
「・・・。」
仏頂面で前を向いたまま頷きもしない。
「あ、あはははは・・・。」
遙は笑うしかなかった。
プラットホームギリギリに鉄下駄で立つ又四郎。
又四郎は賭けていた。
得たいの知れないこの様々な地獄の産物を受け入れて、責め苦を受けなければならないという決意を固める為に。
地獄で生きる為に、必要な運があるかどうか。
あの目の前に居る鉄の大蛇をギリギリで交わす。
瞬きもせずに。
その事で、頭が一杯の又四郎は、遙達の話など聞いていなかった。
ホームに電車が滑り込んでくる。
ー危ないですから、黄色い線の内側にお下がりください!!ー
構内アナウンスの語気が強い。
「又四郎!後ろに下がって!」
遙が叫ぶ。
ぷーーっ!!電車が警笛を鳴らす。
又四郎の顔前を鉄のかたまりが結構な速度で通り過ぎていく。
内心、ドキドキの又四郎。脂汗を流す。
「又四郎!駄目だよ!!危ないから下がらなきゃ!」
「そうだよ又四郎君!入学初日に死んじゃう所だったよ!」
電車に乗り込んでから、遙とカナは又四郎に注意する。
「いやいや、ご婦人方。我々はもう死んでいるではないか。」
「・・・。」
「・・・。」
遙もカナも一瞬沈黙し、電車内にも関わらず、大笑いしていた。
「これ、婦女子がこんな大勢の前で、歯を見せて笑ってはいかんぞ・・・。」
それを聞いた二人は尚も笑いが止まらなかった。