この時代に剣客が現れて剣道部に入ってしまったよ。
死んだと思った。
いや、死んだはずだった。
彼岸の入り口に立ち、冥土を見たはずだった。
命のやり取りからようやく解放されたと思った。
だが、此処はどこだ?
なぜこんなに人が居る?
さっきまで、土だった地面がどうして黒い岩で覆われているのだ?
大木の代わりに石の建物が立ち並び、建物は異様な高さで、透明な壁が何枚も貼られている。
男か女かも解らない人のような物が、さっきから四角い薄い箱のような物を俺に向けている。
何なんだコイツらは・・・。
奇っ怪な音が、薄い四角い箱から聞こえる。
いっそ切り伏せてしまうか。
又四郎は身構えた。
まずはこの、金髪の天狗のような男からか。
刀に手を掛ける。
が、
何故か二本差しが、一本の木刀に代わっている。
「あれっ!?」
刀が無い!!
木刀になってる!?
刀が木刀に変化した事よりも、気に入っていた二本差しが無い事に又四郎は落胆した。
だがまあ、良い・・・。
木刀でも真剣でも大差は無い。
斬るか打ち砕くかの違いだけだ。
木刀に手を掛けて、振り抜こうとした時、聞き慣れない音が聞こえて、又四郎は音の方へ振り向く。
ププーっ!!
ププーっ!!
「おい!くそガキっ!!そんなとこにいつまでも居るんじゃねえ!
車が通れねぇだろうが!このバカ野郎!!」
高級セダンに乗った、見るからにスジモノのような男が、又四郎の事を怒鳴っている。
なんだ、この気色の悪い男は。
このワシをガキ呼ばわりするとは・・・。
高柳又四郎は木刀を持ち、セダンのボンネットの上に乗っかった。
「ぐおっ!てめぇ!俺の車に乗りやがったな!」
スジモノの男が車から降りてきた。
物凄く屈強な、がっしりした体格の男だ。
降りて又四郎の前に立った瞬間。
男は五メートル以上後方へ弾き飛ばされ気絶した。
「他愛も無い。人をくそガキ呼ばわりしおって。」
ふと、フロントガラスに写る自分の姿を見た又四郎は、愕然とした・・・。
「なっ!なんだこの姿は!!!」
フロントガラスに写ったその姿は、少年の姿だった。
道場に入門仕立ての、十五、六の少年頃の姿に変わって居るではないか!
ピピーッ!!
「そこの木刀を持った少年!!すぐに車から降りなさい!!」
警官が数名、騒ぎを聞き付け、駆け付けて来た。
車のボンネットから又四郎に降りるように命令する。
又四郎は、自分が言われているのか理解していない。
ボンネットから降ろそうと、警官が又四郎に手を掛けた瞬間、警官はその場に崩れ落ちた。
痛烈な一撃が、警官の腹部に命中。
何が起きたか解らない状況で、もう一人の警官は警棒を握ろうと手を掛けた。
バシッ!
と、腕を打たれ、頭に踵が命中。
そのまま崩れ落ちた。
野次馬たちは一斉に携帯、スマホを向け、動画を撮っていた。
又四郎は、尚も車のボンネットに乗り、しげしげとフロントガラスに映る自分と、自分が居る場所を眺めていた。