この時代に剣客が現れて剣道部に入ってしまったよ。
「お帰り又四郎。カナとデート楽しかった?」
遙は帰宅した又四郎に少し皮肉っぽく言う。
「お、し、知っておったのか!遙殿・・・。」
「うん。メール貰っていたから。」
少し狼狽気味の又四郎を見て、遙はさらに続ける。
「で、ちゃんとカナのラケット選んであげたの?」
「へ?」
呆気にとられた又四郎。
実は、カナは遙に前もって話していた。
前日の帰り道にカナのテニスラケットを、又四郎に選んでもらいたいと。
又四郎がほぼ破壊したラケットに責任を感じた遙は了承した。
お金も渡そうとしたが、カナは頑なに要らないと言う。
替わりに又四郎を連れていくと言う。
そんなやり取りが繰り広げられていたことに、又四郎は全く気付かなかった。
「いやはや、遙殿。心配をお掛けしてしまい誠に申し訳ない。カナ殿とあの世に来てから、初めての買い物に行っておった所存。」
「うん。手紙読んだから解っていたけど、又四郎はお金持っていないのに、買い物できたの?」
「ふふふ。確かに地獄の沙汰も金次第でござった。なので、わしは何も買えなかったのだが、カナ殿のシャモジ位は選べました。」
「・・・。あ、ラケットね?それは良かった。で、ご飯とかはどうしたの?」
「僭越ながら、ご馳走になってしまいました。」
「はぁ・・・。又四郎。今度はちゃんと出掛けるときは言ってね。お金あげるから。」
「いやいや、遙殿。拙者は路傍で野垂れ死んだ身。葬式も挙げてもらわなかったゆえ、死出の船賃も無い。他の亡者から銭を貰うなどもっての他!頂けませぬ。」
「???意味わかんないけど、もう、カナからご飯とか奢って貰ったんでしょう?駄目だよ、自分の分はしっかりお金払わなきゃ。」
「うっ・・・。確かに・・・。」
「今度はお金あげるからちゃんと言ってね。分かった又四郎。」
「かたじけない。遙殿。」
又四郎は金を使わないことに慣れていた。
無論幕末でも金は大いに価値があったが、又四郎の場合、酒にしか使わない。
道場のツケにしておけば、金すら払わない。
吉原通いも別段頻繁にはしないし、物の収集にも興味はない。
それこそ、剣術にしか興味がない又四郎にとって、それ以外はどうでも良かったのだ。
又四郎は部屋に入ると、さっき貰った木片を、さっき貰ったドスで削り始めた。
又四郎の唯一の趣味は、仏像を彫る事だった。
無心に。
手に神経を張り巡らせ、ひたすら彫る。
佛師も驚くほど、精巧に又四郎は仏像を彫る。
仏像だけではなく、動物や植物、建物の模型。人の形まで彫る。
朝日が上る頃、4つの彫り物が完成した。
大黒の根付けと、恵比寿の根付け。
毘沙門天と弁天の根付けだ。
根付けと言うのは、今で言うキーホルダーの人形の様なものだ。
携帯ストラップみたいな感じだ。
出来が一番良かった弁天を遙に。
大黒をカナに。
毘沙門天は忠明に。
恵比寿はひとまず取って置くことにした。
それぞれの根付けは、暖かな温もりを持ったまま、微笑んでいた。