この時代に剣客が現れて剣道部に入ってしまったよ。
引き取り手も居ない、住所も無い。
出生届も住民票も無い。
警察はホトホト困り果てていた。
本人確認が出来るとすれば、時代劇と、マニアックな剣豪図鑑のような文献などに見られる、高柳又四郎と言う名前だけである。
「まあ、何処か記憶が混濁して、昔話でも読んだ記憶とごちゃ混ぜに成っているんでしょう。要するに、自分が侍だと言う設定にする、今流行りの中二?とか言う奴ですかね。」
と言うのが、カウンセラーの意見である。
どのみち、精神などに異常がないかの診察は行わなければならない。
その間、又四郎は取り調べを担当した刑事の家に預けられる事に成った。
「ああ・・・。なんでお前なんかを・・・。」
刑事は深い溜め息を吐く。
刑事の後ろを歩く又四郎は、別段意に介した風も無く、黙って着いていく。
又四郎は歩きながら、考えていた。
この珍妙な状況。
見たこともない文字。
けたたましい音や、狂言のような格好の年齢も解らない男女。
鉄の塊が道を闊歩し、馬の代わりに鋼鉄の荷車のような馬車が走り、細い車輪のカッパの様な格好で車輪を回す人の様な何か、これは恐らく妖怪か、百鬼夜行か。
ああ、死んだのだ。
あの雷に打たれて、冥土へ連れて来られたのだ。
刑事の家に到着するまでの間に、又四郎は悟った。
今まで沢山の人を切り、行き着いた先は地獄なのだろう。
「着いたぞ。入れ。」
刑事は又四郎を家に入れる。
「ほほう、此処がキサマの屋敷か。随分と狭いな。」
「うるせぇ!くそガキ!」
「おい!帰ったぞ!」
刑事は言う。
「はいはい、お帰りなさい。」
出迎えてきたのは15才位の妹だった。
「しばらくこのガキを預かるからな。仲良くしてやってくれ。」
「ほら、挨拶しろ。」
又四郎の頭を小突く。
「馬鹿者!侍の頭を叩くな!」
「お初にお目にかかる。拙者、高柳又四郎と申す。暫く御厄介になります。」
深く頭を下げる又四郎。
「ぷっ!ぷふふふふふ・・・。ワッハハハハ。」
刑事の妹は大笑いしだした。
「なになに?この人、兄さんどうしたの!?」
「今聞いた通りだ。お前と同じ年齢ぐらいの侍だ。しばらく預かるから、宜しくたのむよ。」
「あ、又四郎。こいつ少し歳が離れた妹の遙だ。小野遙(おのはるか)だ。」
「遙殿、宜しく。」
又四郎は又頭を下げる。
「良い忘れたが、俺は小野忠明(おのただあき)だ。狭い家だが、検査と取り調べが終るまでの間、宜しく頼む。」
「ふむ。冥土に来て、まだ日も浅い。そなたらの言う通りに今は甘んじるとしよう。」
又四郎は二人に良い放つ。
「お前なぁ・・・。」
「ぷははははははっ!!」
忠明は呆れ、遙は爛漫に笑う。
「死んだとはいえ、腹が減った。何か食い物は無いか?」
又四郎は顔色一つ変えずに、二人に言った。