この時代に剣客が現れて剣道部に入ってしまったよ。



又四郎は遙に剣道部に入ると言って、入部届を書いた。


入部にあたり、剣道のルールと言うものを一から学ぶため、警察の剣道場へ通い、師範・千葉周一にルールを学ぶ事にした。


あの事件の翌日から、学校は休み、毎日忠明に道場へ連れてきて貰った。


師範を務める千葉周一は快く又四郎を指導した。


元より基礎がしっかりしている又四郎。しかも15歳の若者。メキメキと千葉一刀流を吸収していく。



ただ、洗練された千葉一刀流に対して、獣の剣術である又四郎の強烈な癖は、なかなか抜けない。


試合会場である四角の中から飛び出す、蹴り出す、腕をもって放り投げるなどの反則技が多発していた。


武道であり、スポーツである以上、ルールの中で勝敗は決する。


戦う相手を戦闘不能にするまでが試合ではない。

千葉剣術の真髄を理解していた又四郎だったが、スポーツとしては中々に難敵であった。


それを又四郎の体が理解するのには、時間が掛かった。



制限時間は又四郎にとって有利だ。



音無の構えとは、先の先である。



竹刀がぶつかる前に相手は倒される。



それを応用し、稲妻の如く面を決めていく。



練習台と化した警官たちは、次々と脳震盪を起こし、倒れていく。



余りにも強烈な打撃なので、千葉は又四郎の胴の内側に鉛を張り付けた。


およそ十キロの重りのお陰で、打突は鈍り、脳震盪で倒れる警官は随分減った。



夜は中西道場の高柳又四郎に戻り、警官達に鮮烈な稽古をつける。



お陰で管内の警官たちはみるみる実戦式の武術が身に付いていった。



10日間、毎日朝8時から夜の9時まで又四郎は嬉々として稽古に明け暮れた。



稽古は10日間が約束の期限であった。



10日目、整然と居並ぶ顔つきが変わった警官の前で、又四郎は千葉周一から皆伝の目録を受け取った。



警官達は自分の事のように喜んだ。



いつしか又四郎は警察道場の全員から慕われるようになっていた。



「いやぁ〜又四郎さん。この10日間は実に楽しい10日間でした。」


千葉周一は又四郎に言う。


「剣道人生に於いて、こんなに楽しい修行が出来た事が、何より嬉しいです。」


「千葉殿。目録を承り誠に感謝申し上げます。鮮烈な稽古を繰り返す事によって、更に上の自分に辿り着ける喜びを、ここに居る全員が得られたと言う事が、わしは嬉しいです。」



「又四郎さん!ありがとうございました!是非またいらして下さい。」


警官全員がはるかに年下の又四郎に言う。



警官に見送られながら、又四郎は道場を出る。



実に心地よい風だ。


梅雨が明け、やがて灼熱の夏が来る。

ああ、酒が呑みたい・・・。

心底思っていた。



又四郎はいつもの日課である神社に向かい、歩きだした。



神社の階段を上がって、江戸時代から変わらぬ杉の大木を見つめ、座禅を組む。



特製の木刀を前に置き、呼吸を整える。




ガサガサ・・・。



人の気配を、又四郎は感じた・・・。


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