この時代に剣客が現れて剣道部に入ってしまったよ。
「母上、皆様には黙って出ていくことに成りますが、私は江戸に出て、更に剣術を学びたいと思っております。」
又四郎は母親に話す。
「うむ。解った。父や兄には母から話して置こう。で、道場は決めたのかい?」
「いいえ。向こうに着いてから探そうと思います。」
母親は不安そうに、
「そんな風来坊のような生活・・・。でも、又四郎がそう決めたなら、母は何も言いません。あなたなら、やれると信じていますから。」
涙を拭いながら、又四郎の手を強く握り締める。
「母上、行って参ります。」
又四郎は江戸に剣術修業に旅立った。
もうすぐ、十六になろうかと言う晩秋。
又四郎が旅立って3日後、川原に笹岡忠亮の死体が上がった。
死後、3日が経過していたと言う。
袈裟斬りに綺麗な一筋の切り口。
余程の手練れが切り伏せたに違いないと、藩では秘かに噂に成った。
その話を聞いて笹岡忠亮の遺体を見に行った又四郎の父親は、間違いなく又四郎の切り口であると確信し、江戸へ無事に到着する事を願った。
又四郎が人生で初めて人を切ったのは、この笹岡忠亮。初恋の人を実際殺めた卑劣漢であった。
あれ?
なんだ・・・。
どうして急にこんな事を思い出しているのだ?
ああ、走馬灯とか言う奴か。
律儀に、十五才の頃の傷が疼くような思い出を甦らせなくても良いものを・・・。
そうだ。ハル。
もうすぐだ。
もうすぐお前に逢える。
また、昔のように野山を駆け回ろう。
川で泳いで蛍を見よう。
ハル、お前は剣術しか取り柄のないわしに、色々な事を教えてくれた。
お前の声はいつも優しく、温かかった。
わしは口下手で、気の利いたことは何も言ってやれなかったが、好いていたのだ・・・。
お前が死んだ時は、本当に悲しかったんだぞ。
そうだ。逢ったら叱ってやらねば。
勝手に死におってと。
ふふ。
人生で二度死ねるとは、なんと面白い事か。
ハルに自慢してやろう。
・・・。
・・・・・・。
んっ!?
二度死ぬだと!?
そんな馬鹿な事があるか!!!
あれ?何かがおかしい・・・。
う〜む・・・。解らん・・・。
ん?
誰かが呼ぶ声がするな。
聞き覚えのある声だ・・・。
ああ、この優しく温かい声は・・・。
ハルか?
あやつ生きていたんだろうか?
ん?
解らぬ・・・。
おっ、この図太い声も聞き覚えがある。
風間正元先生の声だ。
おお、何と懐かしいことだ。
二人とも、ひさしぶりだの!!
元気だったか。
あれ?違うか・・・。
誰だ?わしを呼ぶのは・・・。
ハルと風間先生の声なのだが・・・。
・・・。