この時代に剣客が現れて剣道部に入ってしまったよ。
澤部一也が、兄の見舞いの為、病院を訪れたのは昼を少し回った頃だった。
高柳又四郎が入院している階が3階。
兄は4階に入院している。
何故か今日に限って、3階に間違って降りた澤部一也は、重傷で入院している気に入らないクラスメイトの病室を覗いてみる事にした。
確か、集中治療室だった筈だ。
しかし、何処にも名前が見当たらない。
それどころか、他の病室にも居た形跡がない。
看護士に聴くと、元からそんな患者は居ないと言う。
おかしい。
確かに沖田総合病院に運ばれ、瀕死の重傷を負っていた筈だ。
兄のヤクザ生命を絶った憎むべきあのクラスメイトは、絶対にここに居た。
ひとまず、兄の入院している部屋に行く事にする。
あれ?兄も居ない。
看護士に聴くと、集中治療室に昨晩から入る事に成ったと言われた。
面会謝絶の為、家族も入る事は出来ないと言われる。
おかしい・・・。
治りかけていた病人が、いきなり面会謝絶とは・・・。
澤部一也は、厳格な教育者の両親の元で育った。
兄はその教育に反発し、早くから親と対立していた。
高校にも行かず、障害事件を起こしたり、窃盗や恐喝、警察の厄介になる有り様だった。
一也の両親はできの悪い兄の代わりに、一也を徹底的に教育した。
屈折した一也は、両親の前では驚くほど良い子を演じ、その陰では陰湿で荒れた行為を繰り返すようになった。
ある日、暴走族と揉めて、収拾がつかなくなった時に、兄の広重が仲介に入り、丸く納めた時があった。
以前から、兄を慕っていた一也は、この日を境に益々兄を尊敬するように成った。
兄も、一也の屈折した気持ちを理解し、受け皿に成った。
やがて一也は、兄の力を背景に、学校を陰で支配した。
不良達を手懐け、暴力やイジメなどの学校の闇を支配していた。
上級生ですら、一也には逆らえず、意に沿わない奴は片っ端から締め上げていた。
そこに来て、兄の大怪我。
一也の力に陰りが見え始める。
徐々に一也から離れて行く取り巻き達を、焦りと苛立ちを募らせた。
降って沸いた又四郎襲撃の情報はまさに渡りに船だった。
憎むべきは又四郎である。
一也はその計画に加担する事を決めた。
近藤を言い含め、闇討ちする事を吹き込む。
襲撃に必要な道具は、一也が揃えた。
違法エアガンも使わせた。
再起不能までに又四郎を追い込んだ。
それで満足だった。
しかし、同級生や、様々な人間が絶え間無く見舞いに来る又四郎の姿を目にした一也は、凄まじい嫉妬に駆られた。
なぜ、あいつにはあんなに沢山の人が集まるのか・・・。
自分は成績もスポーツも万能で、明らかにあんな奴よりも素晴らしい人間じゃないか。
その気持ちは日に日に強くなった。
そんな時、兄に相談する。
弟の気持ちを察した兄は、又四郎殺害を提案した。
そして、二人は又四郎殺害の為の実行犯として、平賀を選んだ。
昨晩から平賀と連絡が取れない。
広重は、単独で犯行に及んだ。
自らの女を使い、平賀の妹を言葉巧みに連れ去り、手紙を平賀の家に置かせた。
平賀に罪を被せ、自殺に見せ掛けて始末するつもりだった。
一也に被害が及ばないように、弟から平賀の素性や性格の詳細を聞いて、妹を誘拐し、殺害計画を実行したのだった。
一也は、集中治療室の前で、途方に暮れていた。
そこへ小野忠明が優しく、背後から澤部一也の肩を叩いた。