MAHOU屋
鼻水が出てくる。
ああ、ぼくは今、泣きたいんだ。
チヒロは鼻を啜って、自分の布団に戻る。


「チヒロ?」


いつのまにか上半身を起こしていたレインさまがチヒロを見詰め、片手で自分の布団を捲っている。


「おいで?」


その隙間に誘われるように、身体を滑り込ませる。
ふんわりとたんぽぽの綿毛みたいに抱きしめられ、レインさまの胸に顔を埋める。


レインさまの胸のふくらみがわかる。


レインさまが、本物のかあさまだったら良かったのに。


かあさまはソラが産まれたときに亡くなって、そのときチヒロは四歳だった。
幼稚園児のときは、しっかり顔を覚えていたような気がするけれど、遺影もなく写真もないかあさまの記憶は次第に薄れ、今では思い出せない。
だからときどき、本当にときどき、レインさまが本物のかあさまだと錯覚する。
でも、レインさまがお風呂に入る後姿を見送るときに、錯覚というのは願望かもしれないと気付いて身体が裂かれそうになる。


レインさまが学生のときに負った傷が、自分に移れば良いのに。


男の自分には<しきゅう>なんてもとからないんだから。
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