MAHOU屋
今日、デビルが届けに来た手紙の送り主は、本当にバニラクッキーを必要としているのだろうか。
レインさまが書斎に行ったあと、デビルが掻い摘んで手紙の内容を教えてくれていた。


送り主は女性のようだった。
どうしてももう一度会いたい男性がいるらしい。
そのためにクッキーを焼いて欲しいと。


魔法(本当にあるかどうかはわからないけれど)を使ってまで会いたい人ってどのくらい素敵な人なんだろう。
そんな疑問を素直に口にすると、デビルが「恋は盲目って言うしな」と苦笑いしていた。


デビルは初恋をこじらせている。
こじらせるというのは、風邪とかそんな病気のように、ぐずぐずと自分の中で長引かせているということらしい。
相手はもちろん、レインさまだ。


<恋>というものが、いまいちチヒロは理解できない。
けれど人は恋をして、結婚して、子供が産まれる。
人の始まりだということはわかっているつもりだ。


レインさまの<恋>は始まっていないから、こうして自分たちといてくれる。
もし、<恋>が始まってしまったら、いつか、自分たちの前からいなくなってしまうのかもしれない。
そう思うと、心臓がぎゅっと、水に浸かった雑巾が絞られるみたいに苦しくなって、呼吸が浅くなってくる。
大きく、おなかいっぱいになるまで鼻から息を吸って、それをゆっくり口から吐き出す。
そうやって不安を逃がしていく。
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