MAHOU屋
チヒロがじっと見詰めていたからかもしれないけれど、岩城さんは照れ笑いをして、肩をすくめた。
そしてゆるやかに視線を移した。


「気になりますか?」


岩城さんはチヒロの手元にある魔女の本を見ている。


「僕が、東京で一番お世話になった人が、この本のシリーズ大好きだったんだ。彼女はここ以上に本をたくさん持っていて、その中で唯一の児童書だったから、よく覚えてる」


その人は岩城さんがアルバイトをしていた便利屋で、頻繁に依頼してくれた人のようだった。


「ちょっと障害がある人で、行ってみたことがない場所に行ってみたいっていう依頼だったんだ。僕はあまり女性と話すタイプではないし、どうしたら良いかわからなくて困っていたんだけど、それは彼女も同じだった。だけどどきまぎする僕の隣で、彼女が花が綻ぶように笑うから、その笑顔が見たくていろんな場所に連れて行ったんだ。仕事なのに僕が本気になっちゃって、彼女に迷惑をかけてしまったんだけど」


岩城さんは懐かしむように、そして哀しむように、目元を緩ませてその依頼主のことを教えてくれる。
決して言葉では伝えないけれど、とても素敵な女性で、願わくばもう一度会いたいと思っているようだった。


「彼女が言っていたんだけど、“自分の中で溢れすぎた想いを手紙にしたためると、獣人が願い魔女に渡してくれて想いが叶う”って。言葉を大切にする人の中で、それが、伝説のようになって伝わっているって」
「伝説?」
「詳しいことはわからないけど、そう言ってた。だから<MAHOU屋>ってお店の名前に惹かれたんだと思う」


岩城さんはごちそうさまと言った。
どうしてかというと、お皿には一枚も残ってなくて、デビルがひとりで食べつくしていたからだ。
どうりで静かだと思った。


「俺のおごりでいいからなー!」


それは当たり前だと思う。
チヒロは結局一枚も食べていない。
いつもこうだ。
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