シルビア
その腕に抱きしめられたまま泣き疲れて眠り、翌朝目を覚ますと2LDKの部屋に彼の姿はなかった。
帰ったのかな。そういえば、今日も仕事だって言っていたっけ。
見れば、枕元に置かれた時計は『11:13』を表示していて、結構な時間寝てしまっていたことに気付く。
泣きすぎて腫れぼったく感じる目元をこすり、リビングを見渡すと、部屋の真ん中にある白いテーブルの上には、ひとつだけ置かれた銀色の包み。
私に……?なんだろう。
そう不思議に思いながら包みを開けると、現れたのは青い箱。それを開くと、中には小さなダイヤのついたシルバーの指輪が輝く。
『これって……もしかして』
指輪の意味を理解して、彼の気持ちを疑った自分を恥ずかしいと思った。
浮気なんて、していなかった?
ふたりの未来を、きちんと考えてくれていた?
……謝ろう。
そして指輪の意味を、その口から聞きたい。
そう思って電話をしたものの、電源が入っていないらしく、つながらない。メールをしても、反応はない。
嫌な予感がして、化粧もせずに家を飛び出した。
『宇井くん?あぁ、辞めたよ』
『え……?』
『それも今朝、電話で急に。すみません、辞めますって』
嫌な予感は、当たっていた。
彼は長年勤務していた書店を辞め、もしかしてと向かったアパートからも姿を消していた。
大きな家具だけが置きっぱなしで、そのほかのものは全て空っぽになった部屋。それを呆然と見るしかできなかった私。
『あれ……宇井さんだったら今朝早くに荷物運びだしてましたよ。女性とふたりで』
『え……?』
なんで、どうして、
あまりにも突然のことについていかない思考。けれど、望の隣の部屋に住む男性の一言が、全てを納得させるのに充分だった。
望が、女性と荷物を運びだしていた。
それはきっと、その人の元へいくために?
まるで以前から計画していたかのように、さよならの言葉もなく、彼は私の前からいなくなってしまった。
あの指輪はきっと、彼の忘れ物。
彼女へあげるために用意していた、もの。
散々疑って責め立てたくせに、それを自分のためのものだと思い込むだなんて。
……都合のよすぎる考えをした自分に、笑えてくる。