シルビア
ふたりで外回りに出たあの日、体調を崩した望は少し休んだらすぐ復活し、いつも通りすぐ元気になった。
寄りかかっていた距離が嘘のように、離れてしまった距離に感じたのは、私と彼がどうせただの他人だという現実。
悲しい、くらいに。
『凛花の幸せを、祈ってる』
近付くことのない距離を思い出すと、また泣きたくなってしまう。
「と、ところで黒木ちゃん、入籍はもうしたの?」
話をそらすように話題を黒木ちゃんのことにすり替えると、その顔からは小さな笑み。
「いえ、来月の私の誕生日に入籍しようって話してて」
「へぇ、式は?」
「式はしない予定なんです。お互いあんまり予算もなくて……それと、いろいろもあって」
いろいろ、?
黒木ちゃんが見せたのは、困ったような、少し落ち込んだような表情。
どう、したんだろ。結婚を控え幸せいっぱい、というには少し違うその表情に、私は首をかしげた。
「どうかしたの?」
「それが……凛花さんにちょっと相談したいことが、」
黒木ちゃんがそう言いかけた瞬間、言葉を遮るようにフロアの電話がプルルルルと鳴る。
「はい、ネクサス・ティーン株式会社、アクセサリー事業部三好です」
『お疲れ様です、一階フロントです。そちらの会社に黒木さんっていらっしゃいますか?お客様がいらっしゃってます』
「お客さん……?」
それはこのビルの一階フロントこ受付嬢からの電話で、その言葉に目の前で電話の終わりを待つ黒木ちゃんを見て「わかりました」と電話を切る。
「黒木ちゃん、お客さん来てるって」
「え?私ですか?誰だろう……」
社名を名乗らないということは、取引先関係の人ではないのだろう。
けど、それ以外でわざわざ訪ねてくるって……?
予想がつかないのは黒木ちゃん自身も同じらしく、なんとなく感じた嫌な予感に、念のためと私も一緒にフロントへと向かった。