シルビア

◆「初めまして」






左手の小指に光る、ピンキーリング。

ネイルは塗りたての淡いピンクのパールカラー。



白い薬指には、今日も輝きはない。






「わぁ……大きい建物」



引っ越し作業に追われた翌日。

新宿駅から十数分ほど歩き、やってきたのはオフィス街にある大きなビル。



どんと構えた20階建てのガラス張りの外観は「はぁ〜……」と息がこぼれるほど圧巻で、自動ドアに映る安物の黒いパンツスーツと履き古したパンプス姿の自分に、足が建物に入ることを一瞬ためらう。



取引先を持ち、直営店も持ち、通販もしていて、更にはルームデザインもしているような会社だから大きいところだろうとは思っていたけど……新宿のど真ん中のこんな大きいビルに入っているなんて。

うちの会社があった、小さくて古いビルとは大違い……!



「すごいですよねぇ、こんなでかいところで俺たちも今度から働くんですもんね……。有名なところだから立派だろうと予想はしてたけど……うぅ、入りづらい」

「ほら!怖気付く気持ちはわかるけど行くよ!」



隣に立ち同じように建物を見上げる葛西さんは、私以上に完全に怖気付いてしまっており、ここでふたりして呑まれてはいけないと私はスタスタと中へと入っていく。

そんな私に急いでついてくるように、葛西さんも小走りで建物へ踏み込んだ。



中へ入れば広がる大きなエントランス。そこにあるプレートの中から『ネクサス・ティーン株式会社』の文字を探し出す。

フロアは11〜14階、でもって営業部は12階ね。



「営業部のフロアに直接向かっていいのよね?」

「あ、はい。この社員証で入退室できるそうなので」



葛西さんから『ネクサス・ティーン株式会社 アクセサリー事業部 三好凛花』と書かれた、顔写真つきの真新しい社員証を受け取ると、エレベーターのボタンを押した。



アクセサリー事業部、か。なんか新鮮。

元々、好調なインテリア事業に加えアクセサリー事業もやりたいと思っていたネクサス側の社長と、経営の傾きにどうするべきかと悩んでいたうちの社長。

そんなふたりの間で上手く話が運び、お互いメリットのある友好的な合併となったのだそう。



基本的な話は全て自分達より上の上司たちが決めて、私たちはそれに従うだけだったけれど……。

ついに来週からここでの勤務が始まるということで、今日は葛西さんとふたり、挨拶と打ち合わせ・オフィスの下見にやってきたわけだ。




< 12 / 203 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop