シルビア
「どうぞ、入って」
そう望に通されたのは、小さめの会議室。
今日は使われていないらしいその部屋は、長テーブルと椅子が並び、そんなに頻繁に使っている様子のないものの私たちのフロアよりも断然綺麗だ。
会議室なんていくつもあるんだし、この部屋をアクセサリー事業部のフロアにしてくれたらいいのに……。
なんてことを考えながら部屋を見回し、まず黒木ちゃんを椅子に座らせた。
「とりあえず落ち着くまでこの部屋にいるようにって。後で警備員さんも事情聞きにくるって言ってたから」
ここに来るまでの間、携帯で電話をしていたと思えば、上司に話をつけてくれたのだろう。
手際のよさに感心しながら顔を見れば、先程赤く腫れていたその左瞼上からはじわ、と血が滲んでいた。
「ちっ……血!血出てる!」
「え?あ、本当だ。さっきのバッグの金具で切ったのかも」
「そんな呑気なこと言ってないで……ほら!ふいて!」
ポケットから取り出したハンドタオルを望の目元に押し当てると、望は驚いたように一歩下がる。
「いいよ、血ついちゃうし」
「いいから!ほら、シャツに血ついちゃう方が大変!」
「けど……」
いいから、と譲らない私に、望は根負けしたように受け取ると、それでそっと瞼の上を拭った。
「凛花さん……」
「え?あ!」
呼ばれた声に、はっと黒木ちゃんの存在を思い出す。
忘れていたわけではないけれど、つい普通に望に接してしまっていた……!
思えばさっきも『望』って呼んじゃったし、望も普通に『凛花』って……。
「あ、えと、その……」
そのことを突っ込まれるのではないかと、しどろもどろに言い訳を考える。
けれど、次の瞬間彼女からこぼれたのは問いかける言葉ではなく、瞳いっぱいの涙。