シルビア
「この前さ、私付き合ってた彼と喧嘩別れしたっていったけど……本当は逃げられたの」
「え……?」
「かっこ悪いから内緒にしてたんだけどね。些細なことから『浮気してるんじゃないか』って疑って、一方的に責めて相手の話なんて聞く耳も持たなかった。そしたら結果、相手は別れも言わずにいなくなっちゃった」
へへ、と悲しみを誤魔化すような苦笑いをこぼしながら、隣にいる望の顔は見れずにいる。
驚いているだろうか、気まずい顔をしているだろうか。少しも分からない。
見れないけど、望も聞いていてよ。今私の、抱く本音。
「彼は……本当に浮気してたんですか?」
「……わかんない。だけど、結果がどうだったとしてもちゃんと話し合えばよかったって、失ってから後悔した」
本当に私を想ってくれていたのか。浮気していたのか。確かなことはなにひとつ分からない。
分からないからこそ、知りたいって伝えればよかった。
向き合って、その言葉を聞けばよかった。
全部後悔しても、今更どうにもならない。なのに、引きずらずにはいられない。
「正直、今でもまだ後悔してるの。……なのに、手に届く距離にいる今もまだ聞けてないんだけどさ」
消えない後悔。踏み出せない臆病。
今、こんなにも近くにいるのに。手をつかんで、言葉を交わせる距離にいるのに。
心はそうしたいと願うのに。
「聞くの、怖いよね。言われたくないことを言われるかもしれないんだもん」
足を引っ張るのは、『恐怖心』という名の、重り。
立ち直れないかもしれない。こんな気持ちになるのなら、聞かなければよかったと思うかもしれない。
こわい、こわいよね。
だけど、ね。
「……けど、黒木ちゃんはまだ間に合うから。彼を信じて、ちゃんと向き合おう?」
今勇気を出せばきっと、先にあるのは違う日々だから。
私みたいに、なってほしくないよ。
「凛花さん……」
いっそう瞳に涙をためて、黒木ちゃんは小さく頷く。そんな泣き顔に、私も小さく笑った。