シルビア
「あれならふたりとも、大丈夫そうだね」
「うん。きっとあの女性ひとりが掻き乱してただけだと思う。女性はこわいねぇ」
ひと気のない廊下でつぶやいた私に、望は頷くとそっと目元からハンドタオルを離す。見ればそこに染みた小さな血の痕はすでに渇いていた。
「傷は?大丈夫?」
「うん、血も止まってるし……あ、ハンカチは買って返すね」
「別にいい。どうせ安いやつだし」
「いやいや、ダメでしょ」
瞼の上の赤い切り傷が少し痛々しいけれど、それを感じさせないようにか、その顔は笑う。
「ていうか凛花、ああいう時は避けなよ。ケガしたらどうするのさ」
「仕方ないでしょ、私が変に動いて黒木ちゃんに何かあったら大変だし」
「だからって、無茶しないの。俺は凛花にもケガしてほしくない」
子供を叱るような言い方。私のことも心配してくれたのだろう、その優しさがやっぱり嬉しい。
……けど、その感情だけに満足していてはいけないと、心は強く訴える。
黒木ちゃんに、伝えなきゃいけないと言ったのは自分。なら、自分だってそうするべきだ。
「じゃあ俺、このまま仕事戻る……」
「……待って」
「え?」
聞くのは怖い。向き合うことにも、逃げ出しそうだ。
だけど、勇気を出すとき。それは今だと思うから、歩いていた足を止めて向かい合う。
「さっきの私の話……聞いたでしょ。……望に教えてほしいことが、沢山あるの」
『今でもまだ後悔してるの』
彼女に伝えた、私の本音。それを知って逃げないで、そらさないで。
まっすぐに目を見て言う私に、望は少し驚いた顔をして、けれど耳を傾けるように黙って見つめ返す。