シルビア
「……ん、……さん、……凛花さん!」
「はっ!わっ、あっ!!」
黒木ちゃんの大きな声にふと我に返ると、手元の湯のみは倒れており、デスクの上にはこぼれたお茶が広がっていた。
慌ててパソコンをよけ、書類をどかし……とわたわたとするうちに倒れたままだった湯のみは床へ落ち、ガチャンッと音を立て割れた。
「あ~……やっちゃった」
「もう、ボーッとしてるからですよ。大丈夫ですか?」
慌てて黒木ちゃんが手渡してくれたティッシュでデスクを拭いていると、足元にしゃがむ姿がひとつ。
「あー、湯のみ粉々だ。これ、捨てておくね」
それはちょうどフロアにいたらしい望で、彼は手早く湯のみの破片を集めると適当な紙でつつみ、そっけなく部屋を後にした。
いたって普通の、いつも通り親切な望の態度。
けれど合うことのない目が、彼との距離を感じる。
あの日、望に抱き締められてから数日。
望はずっとこんな感じで、会話もするし普通に接するけれど、目を合わせたりふたりきりになることを避けているというか……これまでとは確実に違う距離感。
その距離に、私はいつまでも『ごめん』の意味もキスの理由も知れないまま。