シルビア
それから数時間が経ち、時刻は夜20時になろうとしている頃。
オフィスの窓から外を見れば、たくさんの人々が行き交う街には灯りがきらめき、夜空には大きな満月が輝いている。
フロアの人間は皆既に帰路につき、仕事を言い訳にひとり残った私は、その仕事をほっぽりだしてこうして外を眺めて時間をつぶしていた。
……遅い、なぁ。
『宇井はどんなに遅くなっても営業の後は一度会社に寄るから、待ってれば来るんじゃないかな』
武田さんのその言葉に、こうして待ってみたけれど……来ない。
もしかしたら今日は戻らないのかも。
だとしたらせっかく気持ちを決めたけれど仕方ない、話はまた明日にしよう。残業申請も出していないから、もうすぐ電気も消されちゃうし。
「……はぁ、」
そう諦めたようにため息をつき、私はバッグに荷物をしまう。
そのとき、突然ガチャッと開けられたドア。
「あれ、まだ誰か残ってるの?」
そこから姿を現したのは、望。ちょうど戻ってきたところなのだろう、鞄を持ったままの望は、私を見ると驚いたように目を丸くする。
「凛花……?なんで、」
「望……」
待ってた、そう言おうとしたその時、望は顔を思い切り背けたかと思えば、逃げるように走り出す。
「あっ!ちょっと!」
瞬く間にその場を去る姿に、私はつい駆け足で追いかけた。
望が運動神経がよさそうにみえて意外と苦手なのは知っている。それに引き換え私は学生時代は陸上部。今でもヒールで走ったとしても普通の人より早い。
廊下を抜け、階段をのぼり……と走るうちに、やってきたのは13階フロアの廊下。
誰もいないのか、電気はついておらず薄暗い廊下でふたりの距離はあっと言う間に近付いて、私は伸ばした手で望のカーディガンをつかむと、力尽くでその足を止めさせた。