シルビア
「捕まえた!!ふふふ、学生時代陸上部の短距離走選手だった私から逃げられると思わないことね……!」
「凛花……速……つーか、苦し……」
運動は苦手で体力もないのだろう。少し走っただけなのに、望はげほっ、と苦しそうに咳き込む。
「なに……なんで追いかけてきたの?ていうかなんでこんな時間まで……」
「待ってたのよ、あんたが戻るのを。なのに顔見て逃げるなんて……失礼ね」
息ひとつ乱さず堂々と目の前に立てば、廊下には他にひとの気配すらもない。
ただふたりの声だけが、静かに響く。
「……私は、望の本心が知りたいと思ったから。待ってた」
「え……?」
「自分の気持ちを伝えたいと思ったから、待ってたの」
伝えるから。
隠して、押しつぶして、見えないふりをしていた気持ちを、全部全部伝えるから。
その気持ちも、教えてよ。
「……行かないで」
「え?」
「九州支社なんて……行かないでよ」
つぶやく言葉に、掴んだままの手にはいっそう力が込められる。強く、彼をつなぎとめるように。
「どこにも行かないで、そばにいて……他人とか、関係ないとか言わないで。思わないで」
元彼女だけど、あの日に終わってしまった関係だけれど。
「分かってよ。何年経っても、望のことが好きなこと」
好き、大好きだよ。
まだこの気持ちは終わらない。
「嫌いになれないの。好きなの、だから勝手にいなくなったりしないでよ……ごめんなんて、言わないでよ……」
一言一言伝えるうちに、溢れる涙は頬を伝い床へとこぼれていく。
それは、抑えきれないこの想いを、表すように。
黙って言葉を聞いていた望は、表情を隠すようにくしゃ、と髪をかいた。