シルビア
「それより宇井さん、大丈夫でしたか?」
「はい、少し口の中切っただけで」
答える望を見れば、少し腫れているらしく膨らんでいるその左頬には湿布が貼られている。
……さすがに少し力込めすぎたかも。今更『ごめん』だなんて言えやしないけれど。
「ほら三好さん!ちゃんと謝ってください!」
「ぎゃっ」
気まずさに目をそらしていると、葛西さんは私の頭を掴んで無理矢理頭を下げさせる。
すると望は「まぁまぁ」と、彼を宥めるように頭を上げさせた。
「あはは、いいですよ。謝らないでください」
「いや、いきなり手をあげたのはこちらが悪いですから」
「気にしないでください。寧ろこんな美人からビンタなんて、ご褒美です!」
茶化すように、へらっと笑って言われた一言。それは望らしいというかなんというか……。
気にしないようにという意味にも、本音にも聞こえるし、殴られても仕方ないと割り切っているようにも聞こえる。
「そうですよ、葛西さん。こいつ、美人に目がないただのチャラ男なんで一発くらい殴られておいたほうがいいんです」
「武田さん!しーっ!俺こっちでは清純派で通したいから!」
続いてフォローをしてくれる武田さんに葛西さんもつい笑ったけれど、その言葉からやはり彼は相変わらずなのだろうことを知る。
このへらへらとした顔といい、チャラ男と呼ばれるところといい……あの頃となにも変わっていないんだな。
変わったのは、私との関係だけ。
叩かれてもあくまで他人を貫くということは、やっぱりそういうことなのだろう。
ただの他人、初対面。
……あぁそう。気にしたこっちがバカみたい。
どうせ元カノよ、終わった相手よ。そっちがその態度なら、こっちだって気にしてやらないんだから。
不意にこちらを見た望と、目が合う。
こちらの気持ちも知らないで、にこっと目尻を下げた笑顔を見せるその顔に余計イラッとした感情は込み上げて、私は「フンッ」と思い切り顔を背けた。