シルビア
「……じゃあ、今日の打ち合わせはとりあえず以上で」
数時間後。一通りの話や打ち合わせを終え、資料をしまいながら「お疲れ様でした」とそれぞれ頭を下げた。
この会社でのやり方は当然今までと変わる点がいくつもある。
けれど、いい商品を作って販売していくという根本的なことは変わらないし、そこは今まで通りこなしていくだけだ。
頑張らなきゃ。そう、望のことを気にしている暇なんてない。
「凛花さん、俺総務部に挨拶してくるので先にさっきのフロアに戻っててもらってもいいですか?」
「えぇ、わかった」
武田さんに案内され先にブースを去っていく葛西さんに、じゃあ私も行こうと席を立つ。
ところが椅子の脚に自分のつま先をひっかけてしまい、その場に勢いよくころんだ。
「ぎゃっ!!」
「うわっ!?」
床にゴン!とぶつけた膝と手に、手元から離れた書類は一瞬にしてその場に散らばる。
「いっ〜……」
い、痛い……思い切り膝と手ぶつけた……!
しかも望の前でこんなみっともない姿を晒すなんて、最悪だ。
痛いやら恥ずかしいやらで立ち上がれなくなっていると、不意に視界に入り込む大きな手のひら。
「え……?」
「大丈夫?立てる?」
その声に顔をあげれば、そこには中腰に屈み、心配そうな顔でこちらを見る望の姿。
差し出されたままの大きく白い手のひらと、細長い指先。
なにかあるとすぐ心配してくれるその茶色い瞳も、下がる眉も、本当になにひとつ変わらない。
あの頃は当たり前だったその景色に、一瞬胸はドクンと音をたてた。
「……、」
その手をとろうと、伸ばしかけた手。けれど、ふと我に返り私は自分の手を引っ込める。
「……大丈夫です、すみません」
そして慌てて散らばった書類をかき集めると、ころんだ拍子に倒れた椅子も、ズボンについたほこりもそのままに、逃げるようにその場を飛び出した。