シルビア



「……望、」

「え……?」



背中を向けたまま、小さく呼んだその名前。突然のことに驚いた様子の声が返ってくる。



「なんで、ここにいるの?」



なんで、



「今まで、なにをしてたの?」



どうして、



「なんで、なんでっ……」



『なんで、黙っていなくなったりしたの?』

聞きたい一言が、聞けない。



その答えを予想すると怖くて、勇気は出なくて、声が詰まってしまう。



「……俺、まだ仕事が残ってるから。お疲れ様」



そんな言葉の先を読み取るかのように、終わらせられてしまう会話。

バタン、と閉じられたドアの音にゆっくりと振り向けば、そこにはもう誰もおらず、棚の上には書類と1枚の絆創膏だけが置かれていた。



……聞けなかった。

会ったら一番に問いただして、罵って、これまで溜め込んでいた言葉を全てぶつけてやろうってずっと思っていたはずなのに。



いざこうして顔を合わせたら、黙っていなくなった理由ひとつすらも聞けない。

『どうして』と聞いて、『嫌いになった』と言われるのが怖いから。



強くなったはず。ひとりで生きていけるように、強く、たくましくなったはずだったのに。

予想以上に自分が、弱いままだったことを思い知る。

ううん、『まま』じゃない。昔より弱くなっている、確実に。



……むかつく、なぁ。

1枚の絆創膏に感じる、彼の優しさを捨てられるわけもなく、行き場のない気持ちをただ抱えるしか出来ない。






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